戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」23回目。
山本由伸—若月(オリックス)、東—山本(DeNA)
2023年の最優秀バッテリー賞は、パ・リーグが投手・山本由伸—捕手・若月健矢(オリックス)が3年連続で受賞、セ・リーグが投手・東克樹―捕手・山本祐大(DeNA)が初めて選ばれた。
この賞は1991年に制定された賞。スポーツニッポン新聞社(以下、スポニチと略す)や一般社団法人電池工業会などにより、優勝などのチーム成績に関係なく、「最強のバッテリー」を選ぶものだ。
それにしても電池工業会だから「バッテリー賞」に共催、協力とは、なるほどと思わされる。
山本由伸(25歳)は3年連続「最多勝」「最優秀防御率」「最多奪三振」「最高勝率」の4冠という金字塔を達成した。打者で言うなら、さしずめ3年連続三冠王である。
それをアシストしたのが若月(28歳)だ。山本の2年連続ノーヒットノーラン時も両試合とも捕手・若月だったし、2023年日本シリーズ第6戦ではシリーズ新記録となる14奪三振で完投勝ちの好リードをした。
東は2018年に11勝で新人王を受賞したが、左ヒジの故障もあって2019年4勝、2020年0勝、2021年1勝、2022年1勝と、ジリ貧状態。それが2023年は12連勝を含む16勝3敗で「最多勝」「最高勝率」(防御率.842)のタイトルを獲得するなど、大きな飛躍を遂げた。
DeNAは今季、戸柱恭孝、伊藤光、山本祐大の「捕手3人制」を敷いたが、東がマウンドを踏むときは、山本がマスクをかぶった。東(28歳)はドラフト1巡目、山本(25歳)は9巡目ながら、2017年ドラフトの同期で気心も知れている。
ヒーローインタビューで東が山本にお礼の弁を述べているとき、山本がダグアウトから登場してインタビューに加わるのが、お約束になっていた。2人は最優秀バッテリー賞を目標にしていたようだ。
「最優秀バッテリー賞」の選考(選考はスポニチ評論家)には、山本や東のようにタイトル獲得投手をまず選び、その捕手を選ぶ方法。
また、かつての伊東勤(西武)や古田敦也(ヤクルト)のような司令塔をまず選び、そのチームの目覚ましい活躍をした投手を選ぶ方法に大別されるだろう。いずれにせよ、2人の息があってこその受賞だ。
プラス思考の投手、マイナス思考の捕手で「バッテリー」
現役時代、監督時代、評論家時代を合わせ、野村克也の66年に及ぶプロ野球人生で、ナンバーワン投手を聞いたことがある。
「文句なしに杉浦忠だ。アンダースローながら本格派で、1959年(昭和34年)など38勝4敗だ。低めのストレートが浮き上がってくる。打者にぶつかると思ったカーブがストライクゾーン真ん中に収まる。私が打者だったら打つ自信がない」
捕手として球を受けていて、それは楽だったという。
一方、捕手冥利に尽きるのは、「野村再生工場」として、自分のリードを生かせたときだ。
江本孟紀とバッテリーを組むときはこうだった。
「エモ(江本)はノーコン投手だったから、ど真ん中に構えていて、適度に球が散るのを狙った。しかし、ほとんどストレートのサインで打ち取れた。エースの球には勢いがあった。投手との『信頼』で成り立っている。それこそ『理想のバッテリー』だった」
江本は南海に移籍し、野村のリードによって開花した。
1971年(東映)26試合0勝4敗、投球回60 2/3、防御率5.02
1972年(南海)38試合16勝13敗、投球回237 1/3、防御率3.04
山内新一とバッテリーを組むときにはこうした。
「お前(山内)はヒジを痛めて以来、ヒジが『く』の字に曲がってしまい、ナチュラルスライダーの変化をするんだな。最高の武器じゃないか。右打者が右方向に狙ってきたタイミングで、内角にボール球を要求するからな」
山内も移籍し、野村のリードによって開花した。
1972年(巨人)11試合0勝1敗、投球回17 2/3、防御率9.00
1973年(南海)36試合20勝8敗、投球回243、防御率3.30
江本のような投手らしい「お山の大将」的な投手はなだめすかし、山内のような謙虚で控えめな投手はグイグイと引っ張って、一躍、好投手に仕立て上げた。
とはいえ、基本的にプラス思考の投手、マイナス思考の捕手、2人で1組、プラスとマイナスでバッテリーだ。
妻が強いほうが、野球も家庭もうまくいく
野村と沙知代夫人の関係もまさしくバッテリーだった。
「グラウンドでは投手をリードし、選手をまとめる監督であったが、帰宅すると女房の尻にしかれた。いわゆる『支配下選手』だったよ(苦笑)」
とにかく仕事のスケジュールやギャラ交渉はずっと沙知代夫人の管理下にあった。
選手にはいつも「考えることが大事だ」「準備が大事だ」と口を酸っぱくして言っていた野村だが、家庭内では典型的な「指示待ち族」だった。
キャッシュカードも持たせてもらったことがない。
だから、なぜみんながキャッシュカードをキャッシュディスペンサーに入れてお金を引き出せるのかが不思議でならなかった。野村が持たされたのはクレジットカード。使えば支払い明細書が自宅に届く。
だが、野村は沙知代夫人のおかげで選手時代も監督時代も野球に打ち込むことができたし、家庭内もうまく回ったと、心の底から信頼していた。
「野球も家庭も、女房が上手に亭主をリードすればうまくいく。大企業の社長を何人か知っていて、家を訪ねたことがあるが、共通していたのはどこも奥さんが強かったことだなぁ」
まとめ
プラス思考の投手、マイナス思考の捕手、2人を合わせてバッテリー。野球(捕手)でも家庭(妻)でも女房役がしっかりしているほうがうまくいく。言わば「婦唱夫随」。いずれにせよ理想のバッテリーは、双方の「信頼感」で成り立っている。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。