画期的な家電を次々生み出してきたバルミューダで、製品の企画、開発などを指揮する寺尾玄社長は、どのようにアイデアを得ているのか。新商品「The Clock」を紐解きながらそのクリエイションとビジネスの源を探る。【特集 睡眠投資2026】

1973年生まれ。高校中退後、地中海沿岸を放浪し、帰国後はミュージシャンとして活動。2003年にバルミューダの前身であるバルミューダデザインを創業し、代表取締役社長に就任。2010年に「GreenFan」、2015年に「BALMUDA The Toaster」など、既存の家電を新たな体験へと再定義する製品を次々と世に送り出している。
針のない極限までシンプルな時計
家電ひとつで、時間の使い方は圧倒的に変化する。そのことを人類は歴史を通してよく知っている。電球が登場したから夜間も仕事ができるようになり、洗濯機や冷蔵庫が登場したから家事に割かれていた時間が大幅に短縮できるようになった。
「結局、時代が変わっても私たちがつくっているものは時間。だからこそ家電をつくっていくことは難しいんです」
そう語るのは、家電メーカー、バルミューダ代表取締役社長・寺尾玄氏だ。
これまで、二重構造の羽根で自然界のような風を生みだす扇風機や、スチームと緻密な温度制御で、香ばしく焼き上げるトースターなど、日常で使う家電を、画期的なアイデアで刷新してきた。家電によって家で過ごす時間を圧倒的に豊かにしてきたその寺尾氏が、新たな製品で向き合っているのが、「時間」そのものだ。
「私自身が睡眠不足で悩み、寝室からスマートフォンを取り除きたいという思いから『The Clock』という時計を開発しました。心地よい環境音がアラームやタイマーになり、1日の時間の使い方をさりげなく導いてくれる。一見ただの時計のように見えますが、1日のリズムを整えてくれる生活に欠かせないアイテムなんです」
手のひらに収まるサイズのこの時計、まず目を引くのが、針がないということだ。光による時刻表現『Light Hour』を用いており、穏やかな光の動きが時の流れを感じさせる。「針がない時計」とはずいぶん斬新なアイデアだが、寺尾氏によれば、その原型を思いついたのは20年以上前、起業したばかりの頃だという。
「時計は生活の中で欠かせないものでしょう。だからいつかつくる日が来るんじゃないか、そう思っていて創業したばかりの頃にすでに思いついていたアイデアだったんですよ。針をなくせば、造形はシンプルになります。さらに光の瞬きを変えたり、光る場所を変えたり、従来の針時計にはできないさまざまな表現が可能になるんです」

まるで本当に森の中にいるような、サウンドへのこだわり
また、寺尾氏が追求したのが、サウンドだ。
「The Clock」から流れる音楽、環境音はすべて社内でつくったオリジナル。かつてミュージシャンであった寺尾氏のこだわりが詰め込まれている。
「PCやスマホで聞く音楽はだいたいMP3などで圧縮されていて16キロヘルツまでしか出ません。しかし自然界には20キロヘルツ以上の音が含まれていて、そういうものを聞いていると自律神経が整うという研究結果があるんです。
ですから『The Clock』では音を圧縮せず、22キロヘルツまで聞こえるようにしました。といっても人間の耳はそこまで聞き分けることはできません。聞こえないけれど、身体にその音が入っていくことで、リラックス効果があると言われています」
流れる音楽は、ミュージシャンが奏でる楽器の生音を自社のスタジオで録音したもの。人間がつまびいているその揺らぎも心地よく響く。そして雨や遠雷、コオロギの音は、日本各地の森で収録してきた。
「千葉や長野などいろいろな場所で録った音を使っています。ただの雨の音に聞こえますけど、実は5種類くらいの雨音が混じっているんですよ。近くの雨だけでは空間の奥行きが出ないので、遠くの雨音を加えたりしているんです」
小さな時計ながらもステレオスピーカーが内蔵され、音を決めるドライバーは4つ入っている。クリアな高音と豊かな低音により、奥行きのあるサウンドを生み出し、森の中にいるように感じられる仕組みになっている。
「ちなみに、コオロギと遠雷の音は、クリストファー・ノーランの映画『インターステラー』から影響を受けています。宇宙船のなかで、不安を口にするクルーに、主人公がイヤホンを渡すんです。そこから聞こえてくるのが、コオロギや雨、雷鳴といった地球の音。あのシーンがすごく好きで、オマージュとして取り入れました」
またサウンドに関しては、幅広い周波数帯の音を均一にミックスし、周囲の雑音を聞こえにくくし集中を助ける「ホワイトノイズ」をこの時計から流すこともできる。タイマーで設定して流し「まず40分集中したい」というような時にも使うことも可能だ。
日常のひとつひとつの行為を突き詰める
時計として機能し、サウンドで時間を知らせる。例えば短い昼寝をしても、環境音のタイマーで起こしてくれ、日中の作業や短い昼寝も、タイマー機能でホワイトノイズを流しながら時間管理をして1日のリズムを整える。時間という形のないものと向き合いながら、形あるモノに落とし込むのが、バルミューダのものづくりだ。
「なんでもシンプルに、論理的に考えるんです。『BALMUDA The Toaster』をつくった時も、まず『そもそも、なんで食パンを焼くんだろう』と考えました。そのままでも食べられるじゃないですか。でも焼く。なぜかというと、そのほうがおいしいからですよね」
では、なぜ焼くとおいしくなるのか。寺尾氏が突き詰めていった先にあったひとつが「メイラード反応」だ。糖とアミノ酸などが加熱によって反応し、焼き色や香ばしい香りを生み出す。
「じゃあ、もっとおいしいと感じてもらうにはどうすればいいのか。メイラード反応を最大にしよう、と。焼き物って、外はサクッと、中はふわっとして水分が残っているものをおいしいと感じますよね。トーストもそうです。それをどう実現するか、論理的に考えて、科学的に製品へ落とし込んでいったんです」
そして寺尾氏によれば、「The Clock」も思考の順序はまったく同じだった。
「最初は『スマホを寝室に持ち込みたくない。でもアラームは必要だ』というところから始まりました。じゃあ、そもそも朝起きるのは何のためなのか。起きるためじゃないですよね。そのあと活動するためです。だったら、睡眠状態から覚醒状態へできるだけ自然に移れるほうがいい。そう考えていったんです」

寺尾氏は少し考えてから、ゆっくりとこう言い直した。
「日常のひとつひとつの行為が、なぜ行われているのかを考えるんです。大体、その行為自体のためじゃないんですよ。その先にある人生の体験のためにやっている。だから、その体験の質をよくすることが、道具の本来の目的だと思うんです。道具がある意味を考えていくと、必ず時間や生活といった目に見えないものにたどり着くんですよ」
朝起きてから眠るまで。1日のなかで、人は無意識的にさまざまな日常の動作を行っている。あまりに習慣的あるいは無意識に行っているため、それらを見直すことで生まれる心地よさや発見について考える機会は多くない。バルミューダはそうした日常の体験にこそ価値があると信じ、製品づくりを続けている。
では、寺尾氏は日々、日常のあらゆるものにアンテナを張り、商品のアイデアを探し続けているのだろうか。そう尋ねると、「そんなことない」と即座に否定した。
「人って、便利なものにも不便なものにも慣れるじゃないですか。だから何も感じなくなる。私だって同じです。せめて気をつけているのは、何か違和感を感じたら絶対に『なぜだろう』と考えること。仮説までは絶対に立てます。それが合っているかどうか、実験して確かめる。それを繰り返しているんです」
日常の違和感を見つけ、「なぜ?」と考える。その結果生まれた「The Clock」によって、今度は寺尾氏自身の暮らしが変わった。
「これを使って睡眠時間も管理して、よく寝るようになって、アイデアの質は上がりましたね」
自らの生活のなかにあった違和感から道具をつくり、その道具がまた自身の生活を変え、次のアイデアを生み出す。寺尾氏のクリエイションは、そんな循環のなかから生まれている。

