PERSON

2024.12.11

なぜ、幸齢者が世界で一番賢い国は日本なのか?【草野仁×和田秀樹⑤】

草野仁の“太陽のようなパワー”はどこから生まれるのか。東大の先輩・草野と後輩・和田秀樹が“人間のエネルギー”に迫る。『80歳の壁』著者が“長生きの真意”に迫る連載。5回目。

日本の幸齢者は優秀

和田 草野さんの割り切り力や柔軟な応対力は、やはり幼少期からのものですか?

草野 私は終戦から4年8ヵ月を経た昭和25年に小学校に入学しました。長崎県の島原という小さな田舎町です。当時も給食はありましてね。コッペパン1個と脱脂粉乳1杯だけの寂しいものでしたが、周りもみんな同じだから特に不満もない。それよりも、グラウンドで遊ぶのが楽しみだったので、一番に食べ終えて飛び出していくんです。ドッジボールなんかをよくやりましたね。

和田 活発だったのですね。

草野 小学校の頃は、学校は遊び場だと思ってました(笑)。

和田 でも、東大に入る(笑)。

草野 ただ、世の中の風潮や、先生、親から受けた影響は大きいと思います。常に「日本は資源のない国だ。人間こそが資源だ。ひとりひとりが才能を伸ばし、社会に役立つように努めよ」ということを言われていました。周りがそうやって吹き込むので「ああ、そうなんだ」と思いながら育ったんです。

和田 当時はそうでしたね。草野さんやその上の年代の方は、そうやって努力を積み上げてきた世代ですよね。

草野 はい。その象徴は昭和39年の東京オリンピックです。終戦から開催までの19年間に、国も経済もいい形で復興していきました。国中が「自分たちが頑張った。それを世界中の人に見てほしい」という思いで溢れていましたね。全国各地で「花いっぱい運動」なども広がりました。国民の努力の積み重ねが表現されていたと思います。

和田 活力を実感できる時代でした。

草野 はい。だけど、日本が少しずつ豊かになってくると、今度はゆるんできましてね。「こんなにあくせくやることはない。もうちょっとゆるめよう」という方向に進んでいきました。そして他の文明国なら絶対にやらない”ゆとり教育”が始まります。せっかくいい形に積み上げていたのに、それを崩してしまったような気がします。

和田 高度成長は今の幸齢者の努力の上にあるわけですよ。その意味では、お年寄りが世界で一番賢い国は日本なんですよ。だけど、1995年に日本人の中学2年生の数学力が台湾と韓国に抜かれたんです。ゆるんできたツケが回ったんでしょうね。その1995年に中学2年生だった人は今43歳です。もちろんそれがダメだと言いたいのではありません。事実として40代の人は、韓国や台湾の同世代と比べ、学力で負けてるわけです。だからITで勝てない。

草野 残念ながら、それは事実ですからね。

がんばれよ、ニッポン

和田 なので草野さんのように「人材が資源だ」と言われて育った世代の人には、まだまだ活躍して欲しいと思います。

草野 まだまだやれることはある、と?

和田 例えば「世界一の幸齢者向けクルマ」を早くつくるとか「指が動かなくても使える幸齢者向けスマホ」とか。70代の7割はスマホを使ってるわけですから。その優秀な世代が引っ込むのは、もったいないです。

草野 元気が出ますね。

和田 なのに今の日本は「幸齢者は邪魔だ」と追い出しにかかっています。それが間違いなんです。「おまえらのほうがバカなんだから黙ってろ」と言ってやればいいんですよ(笑)。

草野 (笑)。

テレビが面白くない。もっと面白くしてよ

和田 テレビ番組だって、ゆとり教育の弊害としか言いようがない”ぬるいお笑い”ばかりだと思いませんか。

草野 手厳しい(笑)。これにはテレビ界の歴史的な流れも関わっています。実は1990年ぐらいにバブルが崩壊して、テレビ界がその波を被り始めたのが2000年くらいでしたね。

和田 お金ですか?

草野 はい。例えば19時から20時までの番組の予算が2000万円だったとして、それが1200万円に減らされた。でもその予算ではできないから、「2000万円ほしい。その代わり2時間で」という感じになったんです。くわしい数字は言えませんが、予算投下力は20年くらい前とは、全然違います。現場は非常に苦しい状況に置かれているんですよ。

和田 なるほど。だったらテレ東さんのように「金がないなら工夫で勝負」みたいにすればいいのに。『なんでも鑑定団』とか『YOUは何しに日本へ?』など、好奇心旺盛な人が好みそうな番組をつくっていますよね。テレビ離れした若者ではなく、知的な幸齢者を狙っている。テレ朝の『相棒』は昔の『水戸黄門』のように人気です。知的な幸齢者は考えるのが好きなんですよ。草野さんの『世界・ふしぎ発見!』も知的好奇心を狙った素晴らしい番組でしたが、たぶん予算的に厳しくなった…(笑)。

草野 (笑)。あの番組は1986年のスタートでした。当時は土曜日の”ゴールデンタイム”トータル視聴率が80%もありましてね。つまり8割の家庭がテレビを見ている状況でした。

和田 そうでしたね。

草野 ところが現状は40%ほどで、昔の半分以下になっています。そんな状況で、視聴率を調査する専門会社が突然、集計の仕方も変え始めました。

和田 以前とは違う集計の仕方で、数字が減ったことを隠したわけですね(笑)。

草野 (笑)。工夫したんです。「13歳~49歳の人が視聴者として大切だ」という論理で、その数字を前面に出すようになった。その結果、かつては2桁で「人気番組」と言われたものが、今では5%、4%台になってきています。

和田 実際に一番テレビを見るのはお年寄りですよね? その世代をカウントしないなんて、そもそもおかしい話です。

草野 仰る通りです。しかも、この世代はお金を持っている。

和田 BSはそれがわかっているから、朝からテレビショッピングをやるんでしょ? 幸齢者もつまらない番組を見るより、そのほうが夢を与えてくれるからつい買っちゃう。こんな状況では、若い人がテレビに戻ってくることはなさそうですね。

草野 ないです。

和田 例えば草野さんがやってる健康番組なども安心感があります。それに、幸齢者は経験豊富で目が肥えていますからね。そういうことを考えて番組をつくったらいいのに。まあ、私のような素人が言うべきことではありませんが。でも、草野さんのような”テレビの宝”みたいな人をもっと大事にしたらいいと思いますけどね。

草野 いやいや(笑)。

※和田秀樹は、「高齢者」ではなく「幸齢者」と呼ぶ。

ポーズを決める草野仁氏と和田秀樹氏
和田秀樹/Hideki Wada(左)
精神科医。1960年大阪市生まれ。東京大学医学部卒業。現在、立命館大学生命科学部特任教授、和田秀樹こころと体のクリニック院長。老年医学の現場に携わるとともに、大学受験のオーソリティとしても知られる。『80歳の壁』『70歳の正解』など著書多数。

草野仁/Hitoshi Kusano(右)
キャスター。1944年旧満州生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、NHKに入社。1985年に退社しフリーに。『太陽生命 Presents 草野仁の名医が寄りそう! カラダ若返りTV』(BS朝日)でMCを務める。『「伝える」極意』(SB新書)が発売中。

TEXT=山城稔

PHOTOGRAPH=筒井義昭

HAIR&MAKE-UP=田中潔

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