PERSON

2024.12.10

「人はなぜ、グチグチ悩むのか」その答えは約60年活躍し続ける草野仁にあった【精神科医・和田秀樹が解説】

草野仁の“太陽のようなパワー”はどこから生まれるのか。東大の先輩・草野と後輩・和田秀樹が“人間のエネルギー”に迫る。『80歳の壁』著者が“長生きの真意”に迫る連載。4回目。

人の心をつかむ

草野 記憶力の話でいつも思い出すのは田中角栄さんです。

和田 役人の誕生日なんかをよく覚えていたらしいですね。

草野 はい。数字を印象的に使われる方でした。例えば「来年の予算の中でこの部門に使うお金は何億何千万何千何円になった」と一発だけ、ものすごく詳細な数字を言うんです。聞いてる人は「へえ、よくそんな細かい金額まで覚えてるなあ」と感心しますよね。

和田 国家予算を真剣に検討しているという印象になる。うまいですね。

草野 はい。ところが、角栄さんの後輩だった有力政治家の方は、うまくなかった。その方が山形に遊説に行く際に、朝から取材でご一緒したことがありました。講演の際には、角栄さんのように「□□の費用が何億何千万何千何円になった」と細かい数字を言うので、聴衆も「おお、すごい」となります。

和田 親分の真似ですね。

草野 ところが角栄さんと違うのは、ひとつの講演の中で、この詳細な数字を2回も3回も言ってしまうんです。すると聴衆は「またその数字?」みたいになり、感動がなくなるんですよ。結局、聞き終わって頭に残るのは「なんかピンとこないなあ」という印象だけ。そんなケースを目の当たりにして、数字の使い方ひとつでも、人気に違いが出てくるのだと学びましたね。

和田 やはり田中角栄という人は、人を惹きつけるツボを心得ていたんでしょうね。中身があるかどうかは別ですが…。役人の誕生日を覚えてるのも、それが心をつかむポイントだとわかっていたのだと思います。

草野 仰る通りですね。

和田 草野さんの仕事も良好な人間関係で成り立つのでしょう。やはり人の心をガッチリつかんでいるから、今でもずっと仕事が続いていると思うのですが。

草野 いえいえ。

和田 引退を考えたことは?

草野 幸い、まだ体力があるので「もうやめようかな」などとは考えません。でも、少し違う仕事にも目を向けてみたいな、という思いは少しあります。

和田 どんなことに興味が?

草野 人材の育成事業とか…。そういう形のものができたらいいかなと。

和田 それは素晴らしい。やはり草野さんは、前向きに生きる手本みたいな方ですよね。お会いするだけで、こちらまで元気になってくる(笑)。ネガティブになることはないんですか。

草野 やはりね、うまくいかなかったりした時は、そういう気分になることもありますよ。

和田 意外ですね(笑)。

草野 ハハハ。根が努力をしないタイプだから、せめて気持ちを切り替えようと。

和田 それは大事ですね。

草野 悩みごとを抱えて寝床に入り、ずっとそれを考えて眠れなくなる。そういう人は多いと思います。だけど、それは体のためにもよくない。しかも考えたって、いい解決策が出るとは限らない。ならば「よし! 明日は今日よりも必ずいい日になる」と思い込んで睡眠に集中する。そうやって割り切ると、自然に深い眠りに入れます。

「建設的な悩み」と「建設的でない悩み」

和田 みんな「悩めば人間は成長する」なんて言うけど、僕はそういうふうに思わない。

草野 同感ですね。

和田 悩みには大きく分けて2種類ある。ひとつは、自分で変えられる「建設的な悩み」です。もうひとつは、自分では変えられない「建設的でない悩み」です。「建設的でない悩み」を抱え続ける人は、次第に神経症的な悩みになっていきます

草野 「建設的でない悩み」って、具体的には?

和田 例えば過去。これは変えられないですよね。それから、人の気持ちも変えられません。みんな人の気持ちは変えられると信じているんですが「あの人にどんなふうに思われているか」と悩んだところで、変えられないんですよ。それなのに思い悩むからどんどん苦しくなり、心を病んでいってしまう。

草野 なるほど。「建設的な悩み」とは、どういうものでしょう?

和田 自分で変えられるものです。例えば「明日の服どうしようか」とか「今度こんなことやろう」とか。それは変えられることですよね。悩んでも気分は暗くなりません。将棋の藤井聡太さんが「最善の手はどれか」と悩むのは建設的な悩みです。

“割り切り力”が大事

草野 私は「割り切り力」が大事だと思っているんですね。

和田 割り切り力?

草野 はい。グチグチと細かく考えすぎると、割り切れずにそのことが頭に引っかかったままの状態になりますよね。

和田 すると、そこに気を取られて、目の前のことに集中できなくなる…。

草野 そうです。それはよくないと思うので、私は「ここは切り替えよう」と、即断的に割り切ってしまうんです。人生に対して、真剣な追及が足りないのかもしれませんが(笑)。

和田 いやいや(笑)。尊敬する養老(孟司)先生は口癖のように「世の中なんて、理屈どおりにならないよ」と言います。だけど、多くの人は「理屈通りになる」と勘違いしているから、割り切れずにグチグチ悩むんですよ。

草野 本当にそうですね。

和田 「段取り通りにいかないのが普通なんだ」と思っていれば、割り切って決断できます。決断したうえで、また局面が変わったなら“出たとこ勝負”で対応する。草野さんは、それが上手なんだと思いますね。反対に、やる前からグチグチ悩む人は“出たとこ勝負”が下手な人なのかもしれません。

草野 確かに、そういう面はあるかもしれませんね。

和田 テレビみたいな仕事は、やはり“出たとこ勝負”が求められますからね。その力のある人が残っていくのだと思います。この世界で60年近く活躍されている草野さんは、その最たる人なんでしょうね。

草野 いやいや(笑)。和田先生もそうでしょう?

和田 いや。僕はテレビ向きじゃないです。瞬時に応じるのはあまり得意ではない。まあ、割り切り力はずば抜けていると思うんですけど(笑)。

ポーズを決める草野仁氏と和田秀樹氏
和田秀樹/Hideki Wada(左)
精神科医。1960年大阪市生まれ。東京大学医学部卒業。現在、立命館大学生命科学部特任教授、和田秀樹こころと体のクリニック院長。老年医学の現場に携わるとともに、大学受験のオーソリティとしても知られる。『80歳の壁』『70歳の正解』など著書多数。

草野仁/Hitoshi Kusano(右)
キャスター。1944年旧満州生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、NHKに入社。1985年に退社しフリーに。『太陽生命 Presents 草野仁の名医が寄りそう! カラダ若返りTV』(BS朝日)でMCを務める。『「伝える」極意』(SB新書)が発売中。

TEXT=山城稔

PHOTOGRAPH=筒井義昭

HAIR&MAKE-UP=田中潔

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