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2026.10.25

マツコ・デラックスも困惑した「育成キャンセル界隈」を分析して見えてきた、日本の人材育成制度の歪みとは

孫正義氏の右腕としてソフトバンクの数々の一大事業を手がけてきた、英語コーチングスクール「トライズ」社長の三木雄信氏。世界のビジネスエリートが集う「EMBA」での“学び直し”を終えた今、日本社会の歪みが見えてきた!? 連載14回目。【過去の記事はこちら】

「育成キャンセル界隈」を分析して見えてきた、日本の人材育成制度の歪みとは
Unsplash / charlesdeluvio ※画像はイメージです

ハラスメントを恐れ、上司が部下への指導を避ける

先日、私は自宅であるバラエティ番組の街角インタビューを見ていて、「育成キャンセル界隈」という言葉を初めて聞きました。インタビューを受けた人は育成を「やってない」「やりたくない。ずっと拒否してる」「自分がどう思われるかわからない。ハラスメントもあるし」「できない」と言って笑っていました。

この「育成キャンセル界隈」とはハラスメントと言われることを恐れて、上司が部下への指導を避ける人たちを指すのだそうです。その番組では、マツコ・デラックスさんが「ハラスメントが行き過ぎた」「誰が悪いんだろうね…」と嘆いていました。

英語を軸とする研修事業の経営者として、私はこれは由々しき問題だと感じて調べると、なんと現在では、30代から50代の管理職の61.2%が、ハラスメントを恐れて必要な指導を避ける「育成キャンセル」をしていると答えています。[1]

(出典:人材育成支援会社ライトワークスの意識調査URL:https://www.lightworks.co.jp/news/37901)

しかし、同じ調査では、20代の若手社員の78.2%が「ハラスメントに当たらない範囲での率直な指導」を求めているという結果も出していました。1対1での指導は良いが人前での叱責は避けるべき、という線引きも、上司と若手でほぼ一致しています。[1]

(出典:人材育成支援会社ライトワークスの意識調査URL:https://www.lightworks.co.jp/news/37901)

つまり、指導の線引きは上司と若手の間でほぼ共有できています。しかし上司は、なかなか踏み出せずにいます。私は、ここに“会社の仕組みの問題”があると考えています。

パワーハラスメントとは、立場が上の人が、業務上必要かつ相当な範囲を超えて、精神的・身体的な苦痛を与えたり、職場環境を害したりする行為を指します。裏を返せば、業務上必要で、相当な範囲にとどまる指導は、ハラスメントではありません。

それでも上司が萎縮するのは、この線引きを会社が具体的に教えていないからです。判断を現場の個人に丸投げした結果、「何も言わない」が最も安全な選択になってしまいました。

厚生労働省の労働経済白書によると、企業の能力開発費(OJT ※オン・ザ・ジョブ・トレーニング)とは、職場の上司や先輩社員が、実際の業務を通じて必要な知識やスキルを計画的に指導・育成する手法で)の対GDP比は、2010年から2014年で日本が0.10%、米国が2.08%でした。約20分の1です。日本は1995年から1999年の0.41%から下がり続け、2005年から2009年には0.15%でした。[2]

この数字だけを見て、日本企業は人を育ててこなかったと結論づけるのは早計です。白書の数字はOFF-JT(企業が従業員に対して、通常の業務や職場から離れて行う教育訓練)の費用だけを集計したもので、OJTの費用は含みません。日本企業は人材育成の大半を職場のOJTでまかなってきました。OJTの費用は先輩社員の人件費に溶け込み、統計では表れないのです。

日本企業がOJTに頼ってきたのには、それなりの理由があります。かつては新卒一括採用と長期雇用が当たり前でした。新卒で採った人が定年まで勤めるなら、ジョブローテーションで時間をかけて育てても投資は回収できます。それに、企業文化やノウハウ、技術を伝えるにはOJTが効率的でした。現場の勘所や顧客との間合いのような暗黙知は教室では教えられず、先輩の隣で身につけるのが早くて確実だったのです。事業環境の変化も今よりずっと緩やかで、先輩が10年前に覚えたやり方がそのまま後輩に通用しました。

研修投資が米国の20分の1でも、OJTが機能しているうちは育成は成り立っていたわけです。当時の条件のもとでは、これは合理的な判断だったと私は考えています。

教える側の時間を業務として評価せよ

ところが、この合理性を支えていた前提が崩れてきました。いちばん大きいのは、OJTそのものが細っていることです。パーソル総合研究所のOJT調査では、教える側の68.0%が「ハラスメントに気を付けなければいけなくなった」、53.1%が「新人に教える人が少なくなった」と答えています。[3]そこに、管理職の61.2%の育成キャンセルが重なります。教える人が減り、残った人も口をつぐんでいるのです。転職が当たり前になり、長期雇用の前提も揺らいでいます。

では研修で補えているかというと、OFF-JTの投資も戻っていません。能力開発費の対GDP比は下がり続け、リスキリング施策を実施している企業は52.6%にとどまります。[4]残りの半数近くの企業は、まだ手をつけていないのです。

このことを書いていて痛感したのは、じつはこの構図が、私たちトライズが取り組んでいるグローバル人材育成にもそのまま当てはまるということです。多くの企業では、トップがグローバル展開を戦略として打ち出していても、英語やグローバル人材への研修投資はまだまだ少なく、海外とのやりとりを現場で教えられる先輩も十分にはいません。

そこへ、AIの波がやってきました。総務省の情報通信白書では、生成AIを使っている個人の割合は日本が26.7%、米国が68.8%です。[5]AIは、使い方を学んだ人から成果を出す道具です。ただし、AIは問いを立てた人の水準でしか答えません。答えが正しいかを判断するには仕事の基礎が要り、その基礎はこれまで先輩の隣で身につけてきたものでした。OJTで型を教わらず、研修も受けず、AIの出力をそのまま流す。これでは新人は、何年たっても中身の入っていない空箱のままです。空箱のままAI時代に放り出された若手は、自分の市場価値を上げる術を持ちません。このままではまずい、と私は思います。

では、どうすればよいのか。私は、OFF-JTとOJTを一体の制度として設計し直す必要があると考えています。仕事の型をOFF-JTで教え、現場のOJTではその型を実践させる。OJTで何を、誰が、いつまでに教えるかを明文化し、教える側の時間を業務として確保し、評価の対象にする。研修の受講時間、OJT担当者の配置率、育成に投じた金額を、売上や利益と並べて毎年測り、取締役会に報告する。数字にすれば、育成は現場の善意ではなく、経営の責任になります。

2023年3月期から、有価証券報告書を提出する企業は、人材育成方針や社内環境整備方針とその指標の開示を求められています。[6]投資家は、人への投資を企業価値の一部として見始めました。OFF-JTとOJTを合わせた育成の制度と、その実績を示す指標こそ、これからの人的資本経営の中核になるはずです。

ぜひとも皆様には、それぞれの立場で、自社の育成がどこで止まっているのかを考えていただきたいと思います。


トライズ代表取締役社長の三木雄信氏
三木雄信/Takenobu Miki
トライズ代表取締役社長。1972年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱地所を経てソフトバンク入社。2000年ソフトバンク社長室長に。多くの重要案件を手がけた後、2015年に英語コーチングスクール「TORAIZ(トライズ)」を開始。日本の英語教育を抜本的に変えるミッションに挑む。

【引用元一覧(根拠データのキャプチャ)】

本文中の[番号]は以下の出典に対応します。キャプチャはいずれも2026年10月16日に各公式ページから取得し、該当する数字の箇所を赤枠で示しています。

[1]株式会社ライトワークス「ハラスメントと育成キャンセルに関する意識調査」(2026年8月6日公開)
記事で用いた数字:管理職の61.2%が「育成キャンセル」に直面/若手の78.2%が「ハラスメントに当たらない範囲での率直な指導」を希望/「1対1で落ち着いた口調で指摘する」は若手56.6%・管理職58.9%が指導の範囲と認識
URL:https://www.lightworks.co.jp/news/37901
取得日:2026年10月16日

[2]厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析」第2-(1)-13図 GDPに占める企業の能力開発費の割合の国際比較
記事で用いた数字:2010〜2014年:日本0.10%、米国2.08%/日本は1995〜1999年0.41%、2005〜2009年0.15%、2010〜2014年0.10%と低下/図注:能力開発費はOFF-JTの額でOJT費用を含まない
URL:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/backdata/2-1-13.html
取得日:2026年10月16日

「育成キャンセル界隈」を分析して見えてきた、日本の人材育成制度の歪みとは
キャプチャ:第2-(1)-13図

[3]株式会社パーソル総合研究所「OJTに関する定量調査」(2025年1月14日発表)
記事で用いた数字:教える側の68.0%が「ハラスメントに気を付けなければいけなくなった」、53.1%が「新人に教える人が少なくなった」
URL:https://rc.persol-group.co.jp/news/202501141000/
取得日:2026年10月16日

「育成キャンセル界隈」を分析して見えてきた、日本の人材育成制度の歪みとは
キャプチャ:ハラスメント68.0%・教える人が少なくなった53.1%

[4]パーソルイノベーション株式会社『Reskilling Camp』企業におけるリスキリング施策の実態調査(2025年12月版、2026年1月8日公開)
記事で用いた数字:リスキリング施策の実施率52.6%(初の5割超)
URL:https://www.persol-innovation.co.jp/news/2026-0108-1
取得日:2026年10月16日

[6]金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(2023年1月31日公表)
記事で用いた数字:人材育成の方針・社内環境整備の方針と当該方針に関する指標を有価証券報告書の必須記載事項に/2023年3月31日以後に終了する事業年度から適用
URL:https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230131/20230131.html
取得日:2026年10月16日

「育成キャンセル界隈」を分析して見えてきた、日本の人材育成制度の歪みとは

【URL一覧】

[1]https://www.lightworks.co.jp/news/37901
[2]https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/backdata/2-1-13.html
[3]https://rc.persol-group.co.jp/news/202501141000/
[4]https://www.persol-innovation.co.jp/news/2026-0108-1
[5]https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r07/html/nd112210.html
[6]https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230131/20230131.html

TEXT=三木雄信

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