史上初となった8年間の長期政権で、サッカー日本代表監督・森保一は何を考え、いかにして世界と戦ったのか。あの一戦の裏で下された「決断の真実」と彼の思考プロセスを記した、新刊『森保ノートの真実』より一部抜粋。第3回。

特に辛かったメンバー選考について
日本サッカー史上初めてワールドカップで2回連続指揮を執った森保一監督だが、毎試合「辛かった」という。監督にとって特に辛いのはメンバー選考だった。
組織を率いるリーダーにとって、最も頭を悩ませるのが「人事」、すなわち選手選考である。ともに死線を潜り抜けてきた功労者であっても、時に非情な決断を下さなければならない。2026北中米ワールドカップに臨むにあたり、森保監督はまさに身を切るような苦渋の選択を迫られていた。
その一人が、中盤の要である守田英正だ。守田は2025年6月以降、ケガの影響で代表に招集できていなかった。2026年に入り、所属するスポルティングでチャンピオンズリーグ・ベスト8に進出する活躍を見せていたものの、森保監督の決断は「選外」だった。
森保監督が守田に目を配らなかったというわけではない。守田が当時所属していたポルトガルのスポルティングの試合はすべてチェックしていた。守田がどれくらいの時間、どんなプレーをしたかというだけではない。試合そのもののインテンシティがどうだったかという部分からすべてが数値化された。
「予選で頑張ってワールドカップのチケットを掴み取った選手たちが、本大会に行くべきだと思っています」
森保監督は心情を吐露する。しかし守田が不在の間、ヨーロッパ5大リーグの激しい環境で揉まれた佐野海舟や、フランスでワンボランチとしてフィジカルモンスターたちと渡り合ってきた瀬古歩夢らが台頭していた。
「監督としては選手をフェアに選ばなければいけない。競争をちゃんと見ていかないと『結局ワールドカップに行けるのは決められた人だけなのか』ということになって、全体のモチベーションに影響するのです」
監督として「今の姿をニュートラルに見る」というフェアな競争原理を崩せば、組織全体のモチベーション低下を招いてしまう。感情と理性の狭間で、チームの未来のために下した重い決断だった。
さらに過酷だったのは、キャプテン遠藤航への通告である。壮行試合のアイスランド戦でコンディションをチェックしたものの、遠藤は足の痛みを訴えてハーフタイムで交代。翌日には足を地面につけない状態だったという。
「本人は『チームのためにやれることはすべてやる』と思ってくれていました。リーダーシップを取って、チームのために自分ができることをやってくれていたと思います」
森保監督は遠藤の気持ちをすべて感じ取っていた。本人はサッカー人生をなげうってでも、チームのために尽くそうとしていた。しかし森保監督はチーム内に生じていた、ある「感情」を見逃さなかった。そして、かつての「ドーハの悲劇」の際、足首を骨折していた都並敏史が帯同した過去の記憶も重なった。
初戦のオランダ戦のわずか3日前、森保監督はキャプテンを外す決断を下した。「判断が遅れたことで航には、本当にひどいことをしてしまった」と悔やみながらも、それが一度休んで来シーズンへつなぐ本人のキャリアのため、そしてチームのためになると信じての決断だった。
情に流されず、組織の最大化と個人の未来を見据えて下される「選ばない」という決断。ビジネスにおける組織づくりやマネジメントに悩むすべてのリーダーにとって、明日からの糧となる「確かな示唆」。8年間の激闘の裏側にあった真実のストーリーとはーー。ぜひ本書を手にとって確かめてほしい。

