史上初となった8年間の長期政権で、サッカー日本代表監督・森保一は何を考え、いかにして世界と戦ったのか。あの一戦の裏で下された「決断の真実」と彼の思考プロセスを記した、新刊『森保ノートの真実』より一部抜粋。第6回。

アジアカップの苦闘から、12試合負けなしの快進撃へ
2022カタールワールドカップでの熱狂から約1年後の2024年1月。森保一監督はカタールで開催されたアジアカップで、これまでとは異なる質の壁に直面していた。
日本代表はカタールワールドカップでの躍進や、2023年のアウェイで強豪ドイツを破った実績から、大会の本命として視られていた。だが、日本代表には前回大会と大きく違う部分があったのだ。
2019アジアカップはフィールドプレーヤーのうち13人がヨーロッパでプレーしていた。だが2024年になると20人まで増加。ヨーロッパの主要5大リーグ(イングランド・スペイン・ドイツ・フランス・イタリア)でプレーしている選手は2019年の5人から10人へと一気に倍増していたのである。
開催時期の1月〜2月はヨーロッパのシーズン真っ最中。選手たちはチーム内でのライバルの台頭を横目に、後ろ髪を引かれる思いで集まることになった。特に強豪チームに所属するということは、それだけ質の高いポジション争いが繰り広げられているということになる。
せっかくつかみ取ったポジションを1カ月のアジアカップの期間中に手放してしまうかもしれない。選手がそう不安に思うことは間違いない。実際、選手は配信サービスを使って所属チームの試合を確認していた。
またヨーロッパのレベルの高い戦いに比べると、アジアカップの対戦相手が物足りなく思えるはずだ。世界的に有名なチームを相手にするときにほとばしるアドレナリンが、湧いてこなくても仕方がないだろう。
そんな選手たちの難しい心理状態は、大会期間中に森保監督がふと「(自分のクラブチームでの)立ち位置は代表選手でも気になると思うので、そういったなかでやる大会は難しいと感じますね。みんな一生懸命やってくれてはいるのですが」と漏らすような状況だった。
グループリーグ第2戦でイラクに1-2で敗れると、準々決勝のイラン戦でも先制しながら後半に押し込まれ、試合終了間際の失点で1-2と逆転負けを喫する。目標としていたアジアの頂点には届かず、ベスト8で無念の敗退となった。
傍目には「笛吹けど踊らず」という状態に見えた。だが森保監督は一貫して選手を庇い続けた。イランに敗戦を喫した後、記者会見では胸を張りこう答えた。
「選手はこのアジアカップで優勝を目指して戦うというモチベーションが間違いなくあったと思います。(大会の)スタートの段階では日常と、特にヨーロッパで戦っている選手の日常とこのアジアでの戦いのギャップの中で、アジャストしていかなければいけない部分が、プレーの選択などに出ていたと思いますが、試合ごとに改善されてきて、モチベーションという部分では問題なく戦えたと思います」
そして批判の矢印を自分に向けさせるように言葉を紡いだ。
「ひょっとしたら選手は『(試合に対しての)熱量を相手より上げなければいけない』とコメントしているかもしれませんが、そこは選手というよりは、私自身がもっと選手の熱量を上げていけるよう、環境作りや選手への働きかけを変えることも考えないといけないと思っています」
そして最後は森保監督らしい、前向きな言葉で締めくくっている。
「不安も自信も常に持ちながら戦うモチベーションにしていくということです。常に今の自分よりもレベルアップできるよう目指し、一歩一歩成長していけるように、力をつけていけるように、やっていこうと思います」
この言葉でチームは再びまとまった。そしてこの敗戦以降、日本代表は12試合負けなしという快進撃を続け、2026北中米ワールドカップ出場を世界最速で決めたのであった。
次回は森保監督が見せたプロとしての矜恃を紹介する。

