「自分の好きがわからないまま生きてきた」。佐津川愛美は、そう語る。14歳から俳優として生きてきた彼女が今、自分の好きなものを知り、自分のために選択する“練習”を始めている。映画を広める活動にも取り組む彼女が考える、「仕事とは、楽しんでもいいもの」という生き方とは。インタビュー後編。

役のために生きてきた佐津川愛美
俳優という職業に対し、良くも悪くも「特殊な職業」と色眼鏡で見てしまう。だが、佐津川愛美という人物に限っていえば、一般的な人以上に努力家で真面目、慎重派なのかもしれない。
初のエッセイ本『今日も、自分を生きる練習』では、友人や街、旅先で出会った、素敵な女性たちと対峙し、自分の心がどう動いたか、何を考えたかが綴られている。派手な事件やエピソードはなくとも、彼女にとってその経験がどれだけ特別であるかが伝わってくる。
「最近、私が素敵だなと思う女性の共通点に気づきました。私、“自分の好き”を追求して生きている人に憧れているんです。自分の“好き”やこだわりが、ファッションから伝わってくる人って素敵ですよね。
私は役に関してはどこまでも頑張れるのですが、自分のことになると、自分をケアする方法も、自分の好きな服もわからなくて、避けてきちゃったところがあるんです。なのでそういう人に憧れるのかもしれません。
役のためだったら、翌日の撮影のために美容ルーティーンがいくらでもできるんですけど、自分のためとなると何もできないのが本当に不思議です」
本書で語られる美容ルーティーンの描写を読むと、「いいから早く寝てください!」と布団をかけたくなるくらい、きっちり、真面目で、手抜きがない。
さすが女優さん、美意識が高い――というわけではなく、すべて役と翌日の撮影のためだ。髪型も役のために変えることはあるが、自分で「こういう髪型をしたい」と思ったことがないという。
「10代の時は、『とにかく髪の毛を伸ばしておきなさい』と言われていました。基本的に黒髪ロングでいれば、清楚な役もできるし、ギャルなら染めればいいし、ショートヘアの役をいただいたら切ればいいので。
その価値観が自分に染み付いてしまったので、“自分のしたい髪型”という発想自体がなかったんです。自分のために髪色を変えたいと思ったこともなかったので、同世代の女優さんが、役と役の間に突然髪をピンク色にしたときは衝撃でした! 私はずっと、役のスタンバイで生きているところがあったので」
自我が芽生える前に、常に他の誰かを演じるためのスタンバイをしながら生きてきた。だが今は、「パーマをかけると楽だということがわかったので、パーマをかけてます(笑)」など、他人や仕事軸ではなく、自分軸での行動を増やしている。
最近思い切ってやったことの一つが、断捨離だ。
「同世代の友達に、さっきのような『自分の好きがわからないまま生きてきた』という話をしたら、その子に『自分の好きだけで生きてきた』と言われたんです。たとえば、自分が気に入る服が見つからなければ、服を買わないそうです。妥協しないところが『カッコいいなー』と思って、その話をきっかけに、妥協して買った服は全部捨てました(笑)。
だからといって自分のスタイルは見つかっていないので、これからも間違っちゃうと思います。昨日ちょうど、着ていたワンピースについて考えていたんです。『このワンピースの好きなところは、すぐに乾くところと、ここがちょっと開いているデザインと、スリットが入ってないから下にスパッツを履けるところ』みたいな(笑)。自分が好きなものはなんなのかを知っていく、“人生の練習中”です」

俳優。1988年静岡県生まれ。2005年に『蝉しぐれ』で映画デビュー。日本の映画やドラマを支える実力派。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007年)、『ヒメアノ〜ル』(2016年)、『毒娘』(2024年)などの映画、NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』、ドラマ『最後から二番目の恋』など数多くの作品に出演。2024年には「映画と仲間 filty」を立ち上げ、トークイベントや子ども向け映画撮影ワークショップなどを企画・プロデュースしている。2026年6月10日、初のエッセイ本『今日も、自分を生きる練習』が発売。
「人生の練習中」。37歳で始めた、自分の“好き”探し
ワンピース1枚についても、考えて、分析して、言語化する。こういった頭の中でのぐるぐるとした思考の流れが、エッセイ集『今日も、自分を生きる練習』に見て取れる。
「父親の影響が強いのかなと思います。父が言葉にしていろいろ伝えてくれる人だったので、私はそれをエッセイでやっているのだと思います。人のいいところを、ちゃんと言葉で伝えていける人になれたらいいなぁと思っています」
人との関わりのなかで、自分に何ができるのか。彼女は現在、映画を広める活動に取り組んでいる。それは、「映画と仲間 filty(フィルティ)」だ。
filtyの始まりは、彼女のデビュー20周年に際し、地元・静岡の後輩が「佐津川愛美映画祭」を企画して祝ってくれたことだった。
企画の一端として開催した子ども向けの映画づくりのワークショップを、周りからの要望を受けて、その後も継続することに。佐津川はプロデューサーとして、映画づくりの楽しさを広める活動をしているが、本業と共通するのは「映画の現場が好き」という情熱だ。
2026年は映画に4本、連続ドラマに5本も出演する多忙なスケジュールで走っているが、それとは別に、filtyの活動時間を確保するために、事務所にもしっかりと根回しをしているという。
「やりたいことがあると、そのために頑張れる。仕事とは別の楽しさを私は持っている、というのも大きいかもしれません」

40代を前に、佐津川愛美が選んだのは「今あるものを守る」こと
佐津川愛美にとって仕事とは?
「仕事とは? 仕事とは? 仕事とは……」
しばらく唸りながら考え、「あ!」と導き出された答えは、「楽しんでもいいもの」だった。
20年以上、選ばれ続けてきた彼女だからこそ放つことのできる、深みのある言葉だ。
「その時にはわからないけれど、今回こうやって本にしていただいたように、続けてきたからこそ新しい世界が見えることがあるなと思います。
かといって、苦しいのであれば、無理に続ける必要はないとも思っています。そこで大事なのは、自分で判断していくこと。ちゃんと自分と相談して、続けられそうだったら続けていけばいいと思います」
はしゃぐことなく、自分と周りに誠実に、映画やドラマの現場に向き合ってきた佐津川愛美。彼女に40代を前にした今後の展望を聞いた。
「新しい挑戦は考えていないかもしれません。これまで続けてきた先が今なので、filtyに限らず、今あるものを守っていきたいです。文章も書籍にしてもらえましたし。
この文章も、お仕事として書いてきたのですが、ちょっと自分にとってのセラピーみたいなところもあって。たぶん、そういうところで共感してくださる方もいらしたのかもしれないので、場所を与えていただけるなら、これからも文章を書き続けていきたいなと思います。続けることを頑張る、ですかね」

