2024年に復帰するまでの8年間、海外で「成宮寛貴」ではなく、ひとりの人間として過ごした時間は、彼に何をもたらしたのか。すべてを手放した先で見つけた“表現する喜び”、そして40代を迎えた今の仕事観と人生観。空白の期間が、新生・成宮寛貴にもたらしたものとは。インタビュー後編。

すべてを手放し、「成宮寛貴」ではなく、ひとりの人間として過ごした
成宮寛貴は海外に渡った。最初に訪れたのは、インドネシアのバリ島。その後、オランダへ拠点を移す。
「日本では、服や家具、雑貨など、たくさんの物に囲まれて暮らしていました。それをすべて処分して、トランクひとつで出かけました。手放して初めて、『トランクひとつでも人は生きていける』と気づきました。物に愛着があるほうでしたので、これがないと生きていけないと思っていたものもあった。でも、それは自分の思い込みだったんですよね」
俳優という肩書きも、所有していた物も、すべてを手放して始まった海外での生活は、成宮に多くの気づきをもたらした。
「ありがたいことに良い友達に恵まれて、充実した、とても温かい時間を過ごすことができました。なじみの酒屋さんでカヴァを買って、夕暮れ時の公園で飲んでいると、友達から『何してる?』と電話がかかってくる。『公園にいるよ』と答えると、『じゃあ、今から行くよ』とチーズを持って来てくれて。そのうち他の友達も集まって、他愛のない話をしながらお酒を飲む。時間を忘れたように、無性に楽しかったですね」

1982年東京都生まれ。2000年、宮本亞門演出の舞台『滅びかけた人類、その愛の本質とは…』でデビューし、2001年、『溺れる魚』で映画初出演。『ごくせん』『オレンジデイズ』『ブラッディ・マンデイ』『相棒』(2011〜2016年)など、数々の話題作に出演。2024年、俳優活動の再開を発表し、ABEMA連続ドラマ、『死ぬほど愛して』主演で復帰を果たす。
自分は表現することが好きなのだと実感
日々に特別な刺激があったわけではない。市場で買い物をし、食事を作り、花を生ける――。そうした何気ない日常が、成宮に心の豊かさをもたらした。
「オランダは花がとても安くて、家に花を飾るのが日常的なんですよ。僕も、『こうしたほうがきれいだな』とか『この色の組み合わせはおもしろいな』なんて考えながら、生けたりして。
そうした瞬間に、ふと思うんです。形は変わっても、自分は表現をすることが好きなんだと」
さらに、オランダでは絵の具を指に直接つけて描くフィンガーペイントにも挑戦。クリエイティブな作業に没頭することが増え、2020年には、「HN Product」というブランドを立ち上げ、アパレルやアクセサリーをプロデュースするまでになった。

演技とは別の形で表現する悦びを知った成宮だったが、やはり俳優は天職だったのだろう。運命の歯車は、芸能界復帰に向けて少しずつ動き出した。
海外滞在中も、日本に帰国した後も、成宮のもとには映画やドラマ出演のオファーが届いていた。
心の整理が付き始めたタイミングで、作家・脚本家の樹林伸や脚本家の宮本亞門らと再会。俳優復帰作となる配信ドラマ『死ぬほど愛して』や舞台『サド侯爵夫人』への出演へとつながった。
「8年も離れていたので、発声や演技など、何度も練習し、勘を取り戻す作業から始めました。
40代になり、昔より声が少し低くなっているので、『この声で芝居するとどう聞こえるのか』とか、『こう動くと(観客からは)こう見えるんだったな』と、ビデオに撮って客観的に確認することもありました。被っていた埃を、少しずつ掃除していくような感覚です」

40代になり、自分の機嫌の取り方がうまくなった
昔一緒に仕事をしたスタッフとの嬉しい再会もあり、成宮は「どんな仕事でも、何をしていても、とにかく楽しい!」と笑う。
「復帰してからは、変に突っ張ることなく、力を抜いて自然体でいられるようになった気がします」
長い時を経て、成宮は自分を縛っていた価値観や習慣を少しずつ手放していた。
「朝早く起きるのが善という風潮がありますよね。昔はそれに囚われて自己嫌悪に陥ることもあったけれど、最近は『遅くまで起きていてもOK』と自分を甘やかしています(笑)。
誰かに迷惑をかけるのは論外だけど、そうではないのなら、やりたいことをやればいい。そう思えるようになりましたし、自分をご機嫌にする方法もわかりました。だからかな。今はとても心地良い状態で、仕事とも、日常とも向き合えているんです」

心がざわつくことがあったときは、美味しいものを食べる。イライラしている時は、いったん文章にして吐き出し、翌朝冷静な頭で読み返す。山に登ったり釣りに行ったりと、自然に身を置くことでリフレッシュする術も見つけた。
「自分の機嫌をコントロールできるようになったのは、海外で暮らしたことで心のゆとりや豊かさを再認識したからかもしれないし、40歳という不惑の年を過ぎたからかもしれません。
それに、年を重ねると、人の目があまり気にならなくなる。失敗を恐れる気持ちが薄らいで、やりたいことにチャレンジしやすくなるというか。それが成熟するということなのかな」
そう言った後、「肌を手入れしたり、身体を絞ったりするのは大変ですけどね」と、笑う成宮。軽やかに、たおやかに生まれ変わった新生・成宮寛貴は、今後どのような進化を見せてくれるのか。その挑戦に注目したい。

