今から2年前、俳優・小栗 旬が下した決断は誰にとっても意外だった。自身も名を連ねる組織のトップとして、そして、成熟した俳優として。これまで歩んだ道と、これから目指す未来を、今初めて語る。「トライストーン大運動会」編。

本気で競技に打ちこむ姿は人の心を打つ。終了直後はこみ上げるものがありました
その日、小栗旬は走った。
年齢と同じ数字「42」を背負った特注のグリーンのユニフォームに身を包み、全力疾走で50メートル先のゴールをまっすぐに目指して――。
2025年3月、俳優や声優、ミュージシャンらが所属するトライストーン・エンタテイメントが、初めてのファン感謝祭『Tristone Fan fes 2025〜UNDOKAI〜』を開催した。所属メンバーたちは色分けした4つのグループに分かれ、運動会形式で競い合い、優勝を争う。グリーンチームを率いるのは小栗旬、ピンクは田中圭、ブラックは綾野剛、紫は清塚信也。それぞれがキャプテンとなり十数人からなるチームをまとめあげた。
なんとしても全員参加の「運動会」をやりたくて
会場となったさいたまスーパーアリーナには、7万人の応募のなかから抽選で選ばれた2万人のファンが詰めかけた。熱気に満ちたアリーナの中で、玉入れ、借り物競走、大縄跳びなどが繰り広げられ、競技が進むごとに大きな歓声が沸く。真剣な表情、とびきりの笑顔、そして時折こぼれる悔しさ。スクリーンや舞台上などでふだんは見せない出演者の素の表情が、フィールドのそこかしこに溢れた。
かつて昭和の時代には、テレビで、“オールスター運動会”といった番組が人気を博していたものだ。“SASUKE”のように、運動能力に優れた出演者が競い合うコンテンツも定着している。しかし、令和の今、エンタテイメント・オフィスが所属俳優やミュージシャンを主役に据えたフェス形式のイベントを開催するのは極めて珍しい。ましてや、話題作やライヴに引く手あまたの売れっ子を数多く抱え、スケジュール調整だけでも困難を極める事務所が、総力を挙げたとなれば、なおさらのこと。
この一大プロジェクトを発案し、実現させたのが、2年前から俳優業と並行してトライストーンのリーダーをも務める小栗旬、その人である。
運動会を思い立ったのは、今から1年半前のことだった。小栗は、そのきっかけをこう語る。
「ここ数年、所属俳優がそれぞれ千人規模のファンミーティングを開催していて、それを見るたびに、これだけ多くの方々が集まってくださるなら、会社全体でさらに大規模なイベントができるのではないかと考えたんです。それに、僕たちは人前に立つことが生業です。事務所の若手がファンの方々に囲まれる環境を、早い段階で経験してみることも、大きな意味があるのではないかと思いました」
とはいえ、観客を前にしたフェスであれば、音楽やトークなどをメインとしたイベントコンテンツで構成することも選択肢にあったはずだ。にもかかわらず、なぜ、敢えて「運動会」という、フィジカルな形式にこだわったのだろうか。そこには、小栗なりの思惑があった。
「それは単純に僕が、自分がどれだけ動けるのかを知りたくて(笑)。ただ、もっともらしい理由をつけるとすれば、俳優はある日突然『走れ』と言われたら走らなければならないし、『アクションをやれ』と言われたら応じるしかない。ある意味、神経や肉体を酷使する仕事ですから、基礎体力は絶対に必要です。もちろん年齢的なこともありますから、可能な範囲で、みんなで身体を動かしたら単純に楽しいんじゃないかと」
小栗の挑戦はそこから始まった。

越えるべきハードルは熱い思いを伝えながら
やる、と口に出した以上、そこから実現にいたるまでにはいくつものハードルが待ち受けていた。なかでも最も大きかったのは、会社に所属する全員に運動会への参加を求めること。そして、アーティストだけでなく、彼らを支えるマネージャー陣にも丁寧な説明を尽くさなければならなかったことだ。案の定、参加に難色を示す声も少なからず上がった。しかしそれは、小栗にとっては想定の範囲内だったという。
「もちろん、さまざまな意見が出るだろうとは思っていました。『新しいトップが、急によくわからないことを言い始めた』みたいに感じた方も少なくなかったでしょうし、何人かは直接会って説明もしました。でも、一度やってみることで、それぞれが自分の立ち位置を知ることができたと思うんです。例えばベテラン俳優陣にしても、競技に参加しない時でも、存在感や貫禄で堂々としたオーラを放っていたことは、一目瞭然でしたから」
そして、今回の運動会を成功へと導いた功労者として、小栗は改めて、各チームのキャプテンを務めた前述の3人の名を挙げ、感謝の言葉を口にする。
「多くのことを乗り越えて無事に終えることができましたが、何よりもキャプテンを務めた僕以外の3人が、真剣に参加してくれたことが大きかったですね。彼らがポジティブだと、自然とチーム全体も前向きにならざるを得ない。運動会のようなイベントは、本気で挑むことに勝るものはないんです。僕たちはアスリートではないので、超絶的なパフォーマンスを見せられるわけではない。でも、ど真ん中から本気で競技に打ちこむ姿には、何よりも人の心を打つ力がある。すべてが終わったあと、改めてそう感じました」
およそ3時間に及んだ第一回の大運動会は、出演者たちの激闘と裏方スタッフの奮闘、そしてファンの熱い声援に支えられ、華やかにフィナーレを迎えた。自身もトレーニングに励み、気合を入れて挑んだ50メートル走では、ゴール直前で肉離れに見舞われながらも走り抜き、結果は3位となった小栗。それでも、彼が率いたチーム・グリーンは見事優勝を果たし、さらに自身はMVPに輝いた。最後に挨拶のマイクを向けられた際には、こらえきれずに涙する場面も。
「泣くつもりはなかったんですけどね……こみ上げましたよね」
その日、彼が手にしたMVPは、単なる勝者の栄誉ではない。それは誰もが「実現不可能」と思ったプロジェクトを信じ、導き、走り抜けた、リーダー・小栗旬への揺るぎない賛辞でもあった。
