ドイツ人のヴィオラ奏者、フェヒナー氏との結婚を機にオーストリアで暮らすようになったことで、中谷美紀さんのライフスタイルは大きく変わった。その変化と現在の暮らしぶりについて話を聞く。インタビュー記事3回目。 #その他の記事はこちら

日本の家を手放し、二拠点生活を解消
「この人生で薔薇を咲かせる日が訪れるなんて、まるで想像もしていなかったことが起きました」
そんな言葉とともに中谷美紀さんのインスタグラムにアップされたのは、真っ白な花を咲かせたバラの動画。その数日後には、「我が家の庭の先住民」と称するキジが、なんともリラックスした様子で草をついばむ動画も公開された。
これらの舞台になっているのは、オーストリアの田舎にある中谷さんの自宅。最寄り駅まで車で約1時間、ネット環境が悪く、ゴミの収集は1ヵ月に一度というエリアにある古い農家だ。
ウィーンにも拠点はあるものの、ここが中谷さんと夫にとっての終の棲家だ。2018年の結婚後、ほどなくして東京の自宅は手放した。
「今後自分に何かあった時に手続きが煩雑にならないようにと考えてのことですが、結果的に良かったと思っています。
日本に住んでいた頃は、役を演じ終えたらリセットの意味を兼ねて旅に出ていました。けれど今では、日本を“仕事をする場所”と割り切ったことで、オーストリア行きの飛行機に乗った瞬間に、自然とオンからオフに切り替えられるようになりました」
今楽しいのは庭づくりと家の改装
20代はパリと日本を行き来し、30歳直前にインドを訪れるなど、無類の旅好きとして知られている中谷さん。この2025年だけでも日本に帰国したほか、コート・ダジュールにパリ、ニューヨーク、フィレンツェ、ベルリン、ミュンヘンに足を運んでいる。
「最近行って良かった旅先ですか? お仕事で数年ぶりに訪れたフィレンツェは印象的でした。閉館後のアカデミア美術館でダビデ像を10数名のみで静かに鑑賞できたことは忘れがたき体験でした。
……でも、最近は旅行に行くよりも、家にいて四季折々の植物を眺めていたいという気持ちのほうが強いですね」
中谷さん自身も仕事でオーストリアを離れる機会が多いが、ヴィオラ奏者である夫のフェヒナー氏も海外公演で家を空けることが少なくない。二人ともに時間が取れた時は、なるべく自然の中で過ごしたいのだという。
「今楽しいのは、庭づくり。完璧に整った庭ではなく、日本の雑木林に近いような雰囲気にと思い、紅葉を林床風に植えてみたり、目隠しにはタイサンボクを植えました。ヨーロッパでは今、日本の樹木や植物の人気が高くて、紅葉やススキ、シダ類ばかりか南天までよく見かけるんですよ。希少ですが、ガクアジサイも手に入りました。
家の改装もしていますが、そちらは夫が主導権を握っています。彼は凝り性で、何でも自分で作ろうとするんですよ。黙っていると一日中何かしら修理や創作をしていて体を壊しかねないので、私はもっぱらストップをかける係です(笑)」
旺盛な好奇心で新たな分野にチャレンジし、真摯に仕事に向き合う一方で、愛する美術や音楽、文学で心を満たし、オーストリアの田舎暮らしで心身を伸びやかに開放する。自分らしいワークライフバランスを確立し、充実の時を過ごしている中谷さんは眩しいほどに輝いている。
来年は50歳となり、人生100年時代の後半戦に突入する。伸びやかに軽やかに、“自分の時”を生きている中谷美紀。今後どんな魅力を見せてくれるのか、これからも目が離せない。
◼️中谷美紀/Miki Nakatani
1976年東京都生まれ。1993年に俳優デビューし、ドラマや映画、舞台など幅広く活躍。2018年、ドイツ人のヴィオラ奏者との結婚を機に、拠点をオーストリアに移す。現在、『小説幻冬』で連載中のエッセイや、著書『オフ・ブロードウェイ奮闘記』や『文はやりたし』なども好評。