作品の真ん中に立つ者だけが持つ華と、ベテランとしての渋みと落ち着きを併せ持つ、名優・堤真一。60歳になった彼は、世田谷パブリックシアターで上演される瀬戸康史との二人芝居、『A Number—数』に、父親役で挑む。俳優として第一線を走り続ける堤の“仕事論”とは。
仕事を選び続けたから“今”がある
「人生における仕事がどんなものか、お聞きしたい」と切り出すと、「お〜」と少し目を丸くしてから、堤真一は遠慮がちに語り始めた。
「僕の場合は、役者になりたくて東京に出てきたわけじゃないんです。ドラマや演劇が好きだったわけでもない。人前に出るのも苦手なのに、たまたま役者になってしまった。だから“仕事”という感覚がずっと薄かったんです。
お金を貰っているからもちろん仕事なんですけど、『お金のために役者をやってるわけじゃない』という意識がずっとどこかにありました。特に20代の頃は仕事をものすごく選んでいて、いわゆるトレンディドラマの話をいただいても全部断っていました。仕事もお金も全然ないのに(笑)」
そこで堤が何をしていたかというと、舞台への出演だった。
「お金になるような仕事ではなかったです。でも、僕はたまたま役者になってしまったからこそ、20代でしっかり勉強しておかないと、この先通用しないと思ったので。つまり当時の僕は、仕事で対価を得ようと思っていなかったんです」
これからは幅を広げるために自ら動く
舞台にこだわり続けた20代を経て、30代で連続ドラマへの出演を決意する。『ピュア』(1996年・フジテレビ系)で和久井映見の相手役を演じ、一躍脚光を浴びる存在に。以来28年間、舞台、ドラマ、映画、ナレーションの仕事などで、引く手あまたの人気俳優となる。
「僕はどんな作品も“(脚)本”ありきだと思っているので、本が読み物として面白くないものはやりませんでした。力を付けるために舞台にも出続けました。そうやって選び続けた結果、この年齢になると、自分が興味を持てないような仕事は来なくなったような気がします。だから今は、来た作品に向き合えばいいという感じです。
でもそれも良し悪しというか。選び続けたことで、結果的に自分の幅を狭めてしまったかもしれないな、と思うことがあります。もし、これからその幅を広げていこうとするなら、自ら動かなきゃいけない。自分から若い演出家に声をかけてみたり、自分が『わかんねえな』『つまんねえな』と思っていたような本をやってみたり。これからは、そうなっていくのかなという気はしていますね」
2024年の7月7日に還暦を迎えた堤にとって、この「60」という数字には特別な思いがあるという。
「父親が60歳で亡くなったんです。自分がその年齢になり、『あ、死が近いんだな』と感じるようになりました。今死ぬわけにはいかないし、70くらいまでは頑張れるかなとは思いつつ、体力的にあと何年役者をやれるかはわからない。特に舞台は体力が必要ですしね」
趣味も、高価な物にも興味がない
60になっても築き上げたポジションに安住せず、表現の幅を広げようとしている堤。2025年公開の時代劇映画『室町無頼』では殺陣もしているが、体力維持のためのトレーニングは「一切していない」という。
「若い頃は休みの日にジムに行ってましたけど、マシンのトレーニングではなくて、サウナと、プール2往復で、2時間くらい。10年くらい前に引っ越しをしてそのジムから遠くなってから、1〜2回しか行ってないですね。だからこの10年間、運動はほとんどしていません。
こんな感じなので、『人生における仕事』も『仕事への向き合い方』を聞かれても、自分では全然わからない。仕事に対しても『お金じゃない』っていうのがどこかにあったので、よく生きてこられたなと思います。あ、今は(仕事の対価としての)お金、ほしいですよ(笑)」
冗談めかしてそう言うが、若い頃から相変わらず、趣味も物欲もないのだとか。
「趣味という趣味が本当にないですねえ。キャンプに行くこともありますが、全然行けてないですし、前ほど無理くりでも行こうとしてないです。いいクルマに乗りたいとか、そういうのも一切ない。高価なものにも興味がないですね。プレゼントされると嬉しいですけど(笑)。今年の誕生日に、事務所からTシャツをいただいたんですよ。僕は全然ブランドものに詳しくないので、家族に『これ何? どこかのブランド?』と聞いたら、1枚1万円じゃ済まないものだったらしく。『おー! すげえものもらったー! でも、いつものとどう違うのよ』みたいな。その程度の人間です(笑)」
役者になりたかったわけではない。有名人や人気者になりかったわけでもない。人前に出る快感に魅了されたわけでもない。お金を目的にしたこともない。そんな堤が第一線を走り続けることができた理由のひとつは間違いなく、彼が「本番で舞台に立たなくてもいいくらい、稽古が大好き」(前編)だからだろう。稽古を重ね、演出家のもとで、作品を大切にしてきたからでもある。それは最後に聞いた「若い世代の役者にアドバイスをすることはあるか?」という質問に対する答えにもあらわれていた。
「教えることなんて何もないですよ(笑)。あるとしたら、『僕の言うことより演出家の言うことを聞け』ということぐらいですね。作品は演出家ありきですから」
彼にとって重要なのは、役者としての自我ではなく、その作品における役をどう表現するか。『僕の言うことより演出家の言うことを聞け』というこの一言で、堤真一が観客を魅了する理由がわかった気がした。
堤真一/Shinichi Tsutsumi
1964年兵庫県生まれ。舞台、映画、TVドラマなど幅広いジャンルで活躍。近年の主な出演作は、舞台『カラカラ天気と五人の紳士』、ドラマ『舟を編む〜私、辞書つくります〜』など。映画『室町無頼』が2025年1月公開予定。
Bunkamura Production 2024/DISCOVER WORLD THEATRE vol.14
『A Number—数』『What If If Only—もしも もしせめて』
Bunkamuraが海外のクリエイターと共同作業し、優れた海外戯曲を今⽇的な視点で上演する、DISCOVER WORLD THEATREシリーズ第14弾。『A Number—数』は近未来を舞台にした、父親と、クローンを含む3人の息子たちとの対話劇。
出演:堤真一、瀬戸康史/大東駿介、浅野和之 ほか
作:キャリル・チャーチル
翻訳:広田敦郎
演出:ジョナサン・マンビィ
美術・衣裳:ポール・ウィルス
2024年9月10日(火)より世田谷パブリックシアターにて上演