作品の真ん中に立つ者だけが持つ華と、ベテランとしての渋みと落ち着きを併せ持つ、名優・堤真一。毎年1〜2本の舞台作品に出演し続けている彼は2024年、世田谷パブリックシアターで上演される瀬戸康史との二人芝居、『A Number—数』に挑む。
コロナ禍で初めて体験した舞台に立つ不安
現代イギリス演劇を代表する劇作家、キャリル・チャーチルの話題作『A Number—数』を演出するのは、やはりイギリスの演出家、ジョナサン・マンビィだ。堤真一とマンビィのタッグは今回で4作品目となる。
「またジョナサンと仕事ができることが楽しみです。彼と4回も組めるというのは、なかなか得難い機会なので。これまでも海外の演出家とは多くの作品でご一緒してきましたが、やや難解な作品が多かったからか、体力的・精神的にもしんどい部分がありました。でも、その分充実した、いい舞台が創れたんじゃないかなとは思っています。ジョナサンに対しては絶対的な安心感があるので、呼ばれればいつでもぜひ、という態勢です」
演出家が俳優に与えてくれる“安心感”とはどういうものなのだろうか? 堤はコロナ禍に上演された、リンゼイ・ポズナー演出による『十二人の怒れる男』(2020年/東京・Bunkamuraシアターコクーン)を引き合いに説明する。
コロナ禍で移動が制限されていたため、稽古はロンドンにいるポズナーと、東京の稽古場をオンラインで繋ぎ、リモートで進められた。この作品は基本的に、12人のキャラクターが舞台に出ずっぱりなので、固定カメラで12人の役者を撮り、そのライブカメラ映像を見ながら、ポズナーが演出をつけていったのだ。
「リモートだと、『ちゃんと見ててくれただろうか?』と不安になってくるんです。演出家が稽古場という空間に一緒にいると、隅々まで見てくれているという安心感があるので、自信をもって舞台に立てる。でも『十二人の怒れる男』のときは『大丈夫なんだろうか?』という不安材料の方が多かった。
演出家が“存在”としてその場にいてくれることが、舞台に立つ役者の心の支えになるんだと改めて感じました。もちろん役者は舞台に立つことが仕事ですが、演出家と一緒に積み上げてきたという自信がないと、どれだけ完璧にセリフを覚えたとしても、そう簡単に人前には立てないものなんです。あんなに不安でドギマギした初日は初めての経験でした」
同じ空間で見てくれているという安心感が、プレイヤーに自信を与え、良いパフォーマンスにつながる。この力学は演出家と俳優に限らず、ビジネスシーンも含めた広範な意味で、指導者とプレイヤーの関係に当てはまる。
イギリスの演出家は“キャストと一緒に考える”
堤の視点で語られる、演出家の俳優への演出術からは、演劇という枠を超えて、組織のつくり方や対人コミュニケーションのヒントをいくつも見いだすことができる。例えば今回の舞台を手がけるマンビィは、自身の演出プランを押し付けるのではなく、キャストと一緒に考えていくのだという。
「イギリスの演出家に多いのですが、役の感情について質問しても『俺もわかんない』って言うんですよ。『こういう作品にしたいから、こういう風に演じてくれ』ではなくて、例えばシェイクスピアだとしたら、『君がやるハムレットはこれだよね、でいいんじゃない?』というやり方なんです。
演出家さんのなかには、すでに正解を持っていて「そこ(正解)に近づけろ! 違う!馬鹿野郎!」という人もいらっしゃるんですけど(笑)、ジョナサンはそういうところが全くなくて。『十二人の怒れる男』のリンゼイさんもそうでしたね」
そうすることで、世界中で繰り返し演じられてきた古典が、その時代、その座組でしか生まれない、今見るべき作品へと変化する。
「こいつは何なの?」“共感できない”父親役に挑む
2024年9月に上演される『A Number—数』は、人間のクローンをつくることが可能になった近未来を舞台にした傑作だ。堤が演じるソルターは、息子バーナード(瀬戸康史)のクローンから、なぜ自分をつくったのかと問い詰められる。堤はソルターについて、「最初に台本を読んだとき、『こいつはバカなのか?』と思いました」と笑う。
「息子を研究者たちの実験台にしたのか。何もわからずクローンを作ったのか。今はまだそのあたりがわからないんですけど、自分の息子のクローンが何人もいることに対する罪の意識の持ち方が薄いような気がするし、彼がこの事実をどう捉えているのかもいまいちわからない。
でも、ジョナサンが『無理につくらなくても、稽古をしていれば役の感情は勝手に生まれてくるから大丈夫』という人なので、瀬戸くんとやっていくうちに、どういう感情が湧いてくるのかが楽しみです。稽古は実験みたいなものなので、毎日のように得るものや教わること、発見がある。ものすごく大事ですし、なんなら本番で舞台に立たなくてもいいくらい、稽古が大好き(笑)」
稽古場は、堤とマンビィ、そして堤と初共演となる瀬戸が試行錯誤を繰り返す、3人のラボラトリーだ。この「3」という数字について、「いい(数字な)んですよ」と言う堤の声に力がこもる。
「何でもそうですけど、初めて会った人と一対一で喋るのってすごく難しいじゃないですか。例えばお見合いでも、いきなり2人だけにしないで橋渡し役の人がいるのは、そういうことだと思うんです。2人だと、どこかで行き詰まったらそのまま終わってしまうけど、3人だとそこからまた違う流れで会話が成立していくと思うので。今回はジョナサンが僕らの橋渡しをしてくれることで、どういう流れが生まれるのかが楽しみです」
※後編へ続く(8月24日公開)
堤真一/Shinichi Tsutsumi
1964年兵庫県生まれ。舞台、映画、TVドラマなど幅広いジャンルで活躍。近年の主な出演作は、舞台『カラカラ天気と五人の紳士』、ドラマ『舟を編む〜私、辞書つくります〜』など。映画『室町無頼』が2025年1月公開予定。
Bunkamura Production 2024/DISCOVER WORLD THEATRE vol.14
『A Number—数』『What If If Only—もしも もしせめて』
Bunkamuraが海外のクリエイターと共同作業し、優れた海外戯曲を今⽇的な視点で上演する、DISCOVER WORLD THEATREシリーズ第14弾。『A Number—数』は近未来を舞台にした、父親と、クローンを含む3人の息子たちとの対話劇。
出演:堤真一、瀬戸康史/大東駿介、浅野和之 ほか
作:キャリル・チャーチル
翻訳:広田敦郎
演出:ジョナサン・マンビィ
美術・衣裳:ポール・ウィルス
2024年9月10日(火)より世田谷パブリックシアターにて上演