2024年5月31日に公開される映画『お終活 再春!人生ラプソディ』。作中で画家としてフランスで成功を収めた後、日本で余生を過ごすことを決めた独身男性を演じるのが長塚京三だ。自身も80歳を目前とするなか、人生100年時代の生き方をインタビューした。
1974年、パリ留学中に出演したフランス映画『パリの中国人(Les Chinois à Paris)』から数えて、2024年で映画デビュー50年という節目を迎えている長塚京三さん。いぶし銀の演技はいまさら言うまでもなく、映画『ぼくたちの家族』での見た目と違って頼りない父親像や、テレビドラマ『眩〜北斎の娘〜』『広重ぶるう』と続けて演じた葛飾北斎の尋常ならざる佇まいは忘れがたい。まだ50代のときに『私の老年前夜』というエッセイで俳優の心づもりや、来たる老年への覚悟をいち早く意識して書いていたのも、長塚さんらしい。
最新作『お終活 再春!人生ラプソディ』は「終活」を題材とする作品だ。長塚さんはフランスでの成功を収めた後、日本で余生を過ごすことを決めた独身男性を演じている。シニア向けの分譲マンションへの入居を決め、常連とするバーで知り合った客たちに映画スターの残した格言をさらりと披露する粋な紳士だが、若き日に離婚した元妻と娘への思いを引きずっている陰も宿す。現在78歳。80代を目前とした今、思秋期をどう感じて過ごしているのか、映画とともに話を聞いた。
終活について家族と話すきっかけに
――『お終活 再春!人生ラプソディ』で長塚さんが演じた画家の五島英樹はフランスでキャリアを築いた経歴や、映画や映画スターへの蘊蓄(うんちく)が深いなど、ご自身のプロフィールとかなり重なり合う役柄になっていますね。
「監督の香月秀之さんは、以前、『逆転弁護士ヤブハラ』というテレビドラマでもご一緒したんですけど、いつも着眼点が面白い監督で、よくこんな題材を見つけてこられるなと思っています。取り上げるのに時代がちょっと早すぎるのかなっていう感じもするんですけど(笑)、本作は終活という言いにくいことを堂々と明るく語って、割と軽い気持ちで、いい意味で無責任に見られる。うん、なるほどと学べる部分がありますし、そもそも誰しもどう死ぬかということに対しては考えなきゃいけないし、家族で話題にもしなくちゃいけないですよね。実際、この映画に出てから、我が家でもこの話題について気軽に話すようになりました」
――映画のコンセプトは、人生100年という考え方。80代でもまだまだ先は長い、では、なにを目標とするのかということを謳っています。
「それは撮影現場で実感しましたね。僕の本当に貴重な先輩である石橋蓮司さんと橋爪功さんは同じ1941年生まれの同級生コンビなのですが、現場でもお二人共、それはそれは元気でね。橋爪さんはよく共演者にいたずらをするんですけど、僕だけにはしない。嫌われているのかなあ(笑)。
僕と橋爪さんは4歳しか変わらないのに、過去に父子役をやったこともあるんですよ。松本清張さんの原作のドラマ化で、そのときの橋爪さんの演じる父親は大きな問題を抱えて周囲を振り回す人でしたけど、今回の役だってわがままで、頑固で(笑)、家族を振り回す。僕の演じた五島は独り身で、画家というのはあまり変化がないといいますか、才能が鋭い人は孤独になりやすく、橋爪さんとは対照的。橋爪さんの妻である高畑淳子さん演じる千賀子さんは新しいものを取り込む気質で、行動力も順応力も桁違いに高い。だからパートナーである旦那さんが取り残されて、彼女のやっていることに嫉妬してしまう。これは、仕事をリタイアした多くの男性が直面する心理なのかもしれません。まあ、我が家もそうですが、まともな勝負になりません、男たちは」
――それはご自身の実感から出てきた感想なのですね。
「はい、そうですね(笑)」
車の免許は返納、自転車も片付けた
――今作は葬儀会社が、ただ死ぬことを見つめる日々ではなく、終活の豊かさを提唱するセミナーを開いているという設定です。長塚さんご自身は、思秋期と呼ばれるこの人生でどのようなことを実践されているでしょうか?
「葬儀会社が葬儀だけじゃなく、死ぬまでの期間をどう生きるか提唱するというのはいいんじゃないですか。今風だと思うし、良いビジネスだと思いますよ。どんな人であろうと、絶対、人は死ぬんですからね。僕はちょっと早めに結論を出しまして、車の免許は返納しましたし、最近は自転車を乗ることもやめました。先日、踏切を通り過ごせるだろうとお子さんを乗せたお母さんが急停止しないまま突っ込んだら、通り抜けできなくて、遮断機に挟まれてひやっとする瞬間を見ましたが、ああいうことが自分にも起こらないとは限らない。僕だって遮断機に引っかかるかもしれないと思って、急ぐことはやめました。自転車は片付けましたし、今は妻と二人で、近くの商店街までゆっくり歩いて、手で持って運べる範囲の買い物しかしないようになりました」
――映画の中では、高畑淳子さん演じる千賀子さんは若いときの夢であったシャンソンに挑戦するエピソードが出てきますが、長塚さんがこれからやろうと思っていらっしゃることはありますか?
「畑仕事ですね。土をいじるっていうのは、とても体にいいことですので。コロナ禍を契機に、東京の生活を縮小して、軽井沢で長く過ごすようになったのですが、そこには小さな畑がありまして、 野菜の実がなったりすると、それはとても嬉しい。花もそうです。バラの花も咲かせると、いろんなことを教えてくれるんだな。今はそういうことが、僕の場合、何よりも嬉しい。バラは大抵、ゴールデンウィーク前後に最初の見どころを迎えますが、夏も咲いて、秋も咲いて、冬でも一輪だけ、寒さの中で咲いていました。逆に、今の日本は暑くなっていますので、去年のような猛暑が続きますと、バラは耐えられる品種が少ない。このまま、暑くなるようでしたら、うちのバラも全部入れ替えしないとダメじゃないか。それが当面の懸案事項です」
――東京から離れて暮らすことで、以前と違う風景が見えてきたということはありますか?
「自分の身の回りの関係性の中での比較ですけど、地方に住んでらっしゃる方はお元気だなっていうのは感じますね。空気が良くて、皆さん、我が家と同じく畑仕事をされていたりする。軽井沢は野菜はもちろん、日本海が近いのでお魚も新鮮で美味しいものが手に入るんです。そういう食材の豊かさは大きいかもしれない。毎年、夏は朝採りしたトウモロコシを友人の畑から直接もらって、そのまま茹でて食べるんですが、これに慣れると、他の土地のものになかなか手が出なくなる。朝、畑に行って、フキノトウを見つけて、そのまま天ぷらにするとか。それに勝る楽しみってなかなかない。変な話ですが、下手に仕事をして、畑仕事と同等の充実感をもらえるかというと、なかなかね(笑)」
医師からの「もう時代劇はできません」。その後『篤姫』出演の奇跡
――これまで歩まれた中で、苦難に直面したことは?
「両親を亡くしたあと、転倒して、足を複雑骨折したんですね。 そのとき、医師から『もう時代劇はできませんよ』と言われたんです。正座ができなくなったからです。ただ、両親の仏壇と神棚に毎日、お水を供えていると、最初はひざまずいた状態で手を合わせていたのですが、毎朝続けているうちに、自分の体重でだんだん膝が曲がるようになり、今は15分なら正座をできるようになった。それで大河ドラマ『篤姫』で島津忠剛を演じるようになりました。その後も時代劇に出ています。祈るだけでは人は救われませんが、毎日、水を供えて手を合わせるという姿勢を続けることで、膝が曲がるようになった」
――最後の質問ですが、今作の人生100年という考え方にしたがって、長塚さんが100歳になるまでにやりとげたいことはありますか?
「100歳じゃ足りないね。120年ないと、成し遂げられないかな。だから、そういうことはもう、考えない。私の考えでは、人生はもう1回とやり直すことができない。だから、多少、長くするように努力するしかない。まあ、僕がやるべきことは、私が演じられるような役を、脚本を書いてくださいって周囲にお願いすることでしょうか」
長塚京三/Kyozo Nagatsuka
1945年東京都生まれ。パリ留学中、主演映画『パリの中国人』で俳優デビュー。主な出演作に、ドラマ『金曜日の妻たちへII・III』『ナースのお仕事』シリーズ、『篤姫』、『眩~北斎の娘~』、映画『ザ・中学教師』『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』などがある。