PERSON

2025.07.04

原田マハの名作『リボルバー』を、中谷美紀が朗読

俳優・中谷美紀が、Amazon Audibleで原田マハ氏の人気作品『リボルバー』の朗読に挑んだ。誰もが認める名優は、ゴッホとゴーギャンを巡る壮大なミステリーにどのように挑んだのか。その挑戦を聞いた。インタビュー記事1回目。 #その他の記事はこちら

微笑む中谷美紀

「自分が描いた」という気持ちで作品と対峙

世界最大級のオーディオブックとして利用者が急増しているAmazon Audible(以降Audible)。文芸書にエッセイ、ビジネス本など多分野に渡る20万以上の作品がラインナップされており、とくに人気俳優や声優がナレーションを務める作品は高い人気を誇っている。

そのAudibleで、2025年6月30日から中谷美紀さんがナレーションを務める『リボルバー』の配信がスタート。現代と過去を行き来しながら、アート史上最大とされるゴッホの死の謎に迫る、原田マハ氏作の壮大なミステリー小説である。

ゴッホは本当にピストルで自殺したのか。引き金を引いたのは他の誰かではないのか。ゴッホとゴーギャンという二人の天才の間に何があったのか。

パリのオークション会社に持ち込まれた、錆びついた一丁のリボルバー。それをきっかけに、オークション会社に勤める日本人女性・冴が、ゴッホの死、そして、ゴーギャンとの関係という”大きな謎“を紐解いていくストーリーは、息をつく暇もないほどスリリングで、ドラマティックだ。

自身のエッセイ『文はやりたし』のAudible版を朗読した経験を持つ中谷さんだが、小説は初挑戦。『リボルバー』は発売に先駆けて原稿を読み、一読者として魅了されたという。しかし、「この素晴らしい作品の魅力を、自分の声だけで伝えられるのだろうか」と逡巡(しゅんじゅん)し、オファーを受諾するまでに時間がかかったそうだ。

「この作品は地の文と会話、そして、独白という大きく分けると3つの要素があります。それを、私ひとりの声でどう表現するのかも重要ですが、それ以前にゴッホとゴーギャンが生きた時代、世界観にいかに近づけるかが肝だと思いました。

これまでも二人の作品は折に触れて鑑賞してきましたが、『自分が描いたのだ』という気持ちで改めて観に行きました。オルセー美術館やアムステルダム国立美術館ではゴッホの自画像を、MoMAでは『星月夜』を。

そうしているうちに画家たちが筆に込めた想い、その声が語りかけてくるような気がしてきたのです。きっとこれは、(原田)マハさんが執筆される際に、いつもしていらっしゃることだと思うのですけれど」

ゴッホとゴーギャンの作品と対峙することで感じた、画家たちの“生き様”。それを実感できたことで、中谷さんのなかに「できるかもしれない」という思いが生まれた。

Audible版『リボルバー』のナレーターを務めた中谷美紀さんと著者の原田マハさん。
中谷美紀/Miki Nakatani(左)
1976年東京都生まれ。1993年に俳優デビューし、ドラマや映画、舞台など幅広く活躍。2018年、ドイツ人のヴィオラ奏者との結婚を機に、拠点をオーストリアに移す。現在、『小説幻冬』で連載中のエッセイや、著書『オフ・ブロードウェイ奮闘記』や『文はやりたし』なども好評。
 原田マハ/Maha Harada(右)
1962年東京生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。森美術館設立準備室勤務、MoMAへの派遣を経て独立。フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍する。2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し、デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』(新潮社)で山本周五郎賞、2017年『リーチ先生』(集英社)で新田次郎文学賞、2024年『板上に咲く』(幻冬舎)で泉鏡花文学賞を受賞。著書に『暗幕のゲルニカ』『サロメ』『たゆたえども沈まず』『美しき愚かものたちのタブロー』『風神雷神 Juppiter, Aeolus』『〈あの絵〉のまえで』『リボルバー』など。 

朗読の参考にしたのは「能」

『リボルバー』は、ゴッホとゴーギャンが生きた19世紀のフランスとタヒチ、そして現代のフランスを行き来しつつ進行するパラレルストーリーだ。

ゴッホとゴーギャンをはじめ、パリのオークション会社に勤める冴とその同僚であるフランス人男性、リボルバーを持ち込んだフランス人女性など、登場人物は性別や年齢、国籍が異なり、会話だけでなく“独白”のパートもある。それらを声だけで演じ分けるのは、キャリア30年以上の中谷さんにとっても、たやすいことではない。

「私ひとりという限りある声でどう演じ分けようかと考えた時、浮かんだのがお能でした。お能のシテは、男性が女性を演じる際、無理に声音を変えたり、女性らしい仕草をつくったりしません。

それを思い出した時、自分で自分を縛って、作品に携わることを恐れさせていたものが拭えました。無理をしてつくり込まず、自分が感じたままに演じれば良いのではないかと」

そんなふうに自分のなかの不安や迷いをひとつずつ、丁寧に解消して臨んだAudible版『リボルバー』は、上質な朗読劇に仕上がっている。

リボルバーを前に対峙するゴッホとゴーギャンのシーンは、まるでその場に自分が居合わせているかのような臨場感と緊張感に包まれ、ゴーギャン最後の愛人となったヴァエホの独白は切なく胸に迫ってくる。こうした体験は、『リボルバー』を読んだ時に得られるものとは、一味も二味も違う。

それは、朗読した中谷さん自身も感じたようで、とくにヴァエホの告白を録音する際は、「以前、一読者として『リボルバー』を読んだ時よりもさらに強く、彼女の想いが胸に迫ってきました」と明かす。

「当時ヴァエホは14歳ですから、今の倫理観ではとても許されることではないとは思いますが、彼女は心からゴーギャンを愛していたのだとの視点で物語が描かれています。(作中に出てくる)ヴァエホの肖像画に描かれた彼女のまなざしは、我々鑑賞者を見ているのではなく、筆を執っているゴーギャンに向けられているのです。『私だけを見て』と」

Audibleが読書を楽しむきっかけに

中谷さんの声を通じ、読書とは異なる楽しみ方ができるAudible版『リボルバー』。しかし、「声を当ててしまうことで、読者の皆さまが本来得られたであろう世界を狭めてしまったら申し訳ないという気持ちもあります」とも、中谷さん。

「本来小説は、読者それぞれの環境や経験によって想像するものが変わり、文字が立体化するものだと思います。声を当ててしまうことで、その想像力に制限をかけてしまうというか、広がりを狭めてしまったら申し訳ないという思いも正直あります。

一方で、Audibleが読書の楽しみを知る入口になったらいいなとも思っています。悲しいかな、紙の本が売れなくなってしまった時代。自らを振り返っても、10代の時はあんなに読書に時間を割いていたのに、今はあの時ほど本を手にとれていません。

でも、忙しくてなかなか本を読む時間が取れない方でも、耳で聞くという形であれば、通勤中や家事をしながら楽しめるような気がします。これはマハさんもおっしゃっていたことなのですが、Audibleをきっかけに多くの方々が紙の本を手に取ってくださったら素敵だなと思います」

と同時に、アートをこよなく愛する中谷さんは『リボルバー』によってアートに興味を持ち、美術展に足を運ぶ人が増えればという想いもあるようだ。

「マハさんは小説を通じて、読者と美術をつないでくださる貴重な作家さんです。『リボルバー』ならば冴というように、日本人である私たちに共感しやすいキャラクターを媒介にアカデミックな内容を伝えてくださっています。

小説をきっかけに美術に関心を持ち、美術館や美術展に足を運ぶ方が増えたら、美術好きとしては嬉しいですね」

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=伊藤彰紀(aosora)

STYLING=伊藤美佐季

HAIR&MAKE-UP=下田英里、川村倫子(ネイル)

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2025年8月号

100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH

ゲーテ2025年8月号

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2025年8月号

100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ8月号』が2025年6月25日に発売となる。今回の特集は、“100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH”。表紙はNumber_iの神宮寺勇太さん。あくなき探究心が見つけた語り継ぐべき名品とは。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

GOETHE LOUNGE ゲーテラウンジ

忙しい日々の中で、心を満たす特別な体験を。GOETHE LOUNGEは、上質な時間を求めるあなたのための登録無料の会員制サービス。限定イベント、優待特典、そして選りすぐりの情報を通じて、GOETHEだからこそできる特別なひとときをお届けします。

詳しくみる