19歳で芸能界デビューするや否や脚光を浴び、20年経った今も、話題作に相次いで出演している俳優・大東駿介。その壮絶な人生を語ったインタビュー記事をまとめてお届け! ※2025年3月掲載記事を再編。

1.俳優・大東駿介、育児放棄・菓子で飢えを凌いだ中学時代「自分をただの“肉の塊”だと感じていた」

2024年はTBSの連続ドラマ『あのクズを殴ってやりたいんだ』をはじめ6本のドラマと3本の映画に出演し、この5月には、大人気映画シリーズ「岸辺露伴は動かない 懺悔室」の公開を控え、2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』への出演も決定。身長182㎝のすらりとしたスタイルに、色気漂うワイルドな風貌、確かな演技力で、俳優・大東駿介はデビューから20年に渡り、第一線を走り続けてきた。
そんな恵まれた俳優生活とは反対に、大東は、壮絶な幼少期を送ってきた。小学校3年の時に父が失踪し、クリーニング店を営む母とふたり暮らしに。ところが、その母も、大東が中学2年になった頃から、たびたび家を空けるようになり、ついには帰ってこなくなった。その後の大東の生活は、ネグレクト=育児放棄と呼ぶには、あまりにも悲惨なものだった。
「母は初め、500円とか1000円を置いて出ていっては、1日たつと帰って来るというのを繰り返していたんですが、その間隔がだんだん空いて、いつのまにか帰ってこなくなりました。まず困ったのは、食べること。店に落ちていた小銭をかき集めて、お菓子を買って凌いでいたけれど、そのうち電気も止まってしまって。
家に大きな鏡があったんですが、そこに映っているのは、げっそりとやつれた自分の姿。お風呂に入る余裕がなかったから、体臭もひどかった。そんな自分を誰にも見られたくなくて、だんだん学校に行かなくなり、ついには家から一歩も出なくなりました。
……助けを求めようなんて、まったく思いつかなかったですね。自分がこんな状況にあることを、友達にも、誰にも知られたくない。バレないようにしなくちゃって、そんなことばかり考えていました」
2.大東駿介、イケメン俳優から実力派への転身。きっかけは「負のエネルギーが消えたから」

母の不在から1年ほど経った頃、大東は住んでいた家も追われることになる。借家だったため、家賃の滞納により立ち退きを余儀なくされたのだ。大東を引き取ったのは、近所に住む伯母。その伯母が最近になって、引き取りに行った時の大東の様子を話してくれたという。
「全然覚えていなかったんですけど、僕は階段の上から伯母さんを見て、『ううっ~!』と唸ったそうです。電気もガスも、水道も止まってしまった家は、居心地なんてまったくよくはないけれど、その時の僕にとっては唯一の居場所だった。外に、自分を受け入れてくれる場所なんてないと思い込んでいたから、そこから離れたくなかったんですよ。現状を変えるのがイヤで、『頼むから、ここにいさせてくれ!』という気持ちでした」
伯母に引き取られた後、中学に再び通い始め、高校にも進学。伯母の勧めでバイトも始め、自分で稼ぐことも覚えた。
「伯母にはいろんなことを、イチから教えてもらいました。でも当時は、そのありがたみに気づくどころか、ずいぶん反発しました。たぶん、心の底に恐怖があったんだと思います。人の善意が信じられなかったし、怖かったんです」
3.俳優・大東駿介が、壮絶な子供時代を経て伝えたいこと「世の中は当然不公平。でもどう進むかはみんな平等」

「自分ではない人生を生きたい」「自分を捨てた親を見返したい」。俳優になって10年は、そんな負のエネルギーを原動力にしてきた大東だが、俳優という職業そのものに魅せられるようになったことで、気持ちが大きく変化。現在は、「人を笑顔にしたり、温かい気持ちにさせるような生き方をしたい」と語る。
その一環というわけではないが、最近は、自分の生い立ちをメディアで語るようになり、自身のSNSなどを通じて、悩み、苦しんでいる人たちの相談に乗ることも増えた。
「(ネグレクトされていた時期の)僕もそうでしたが、誰しも、身近な人にはカッコ悪い自分を知られたくないという気持ちを持っていると思うんですよ。自分のことを知らない、全然関係のない第三者に対しての方が、悩みを打ち明けられるし、助けを求められるんじゃないかなって。
いじめに苦しんでいる10代の学生から、親の介護に悩む50代の方まで、いろんな方から連絡をいただきます。ただ、最終的に人生を好転させられるのは、自分しかいないんですよね。
世の中、公平か不公平かと言ったら、当然不公平です。生まれ持った環境もあるし、貧富の差もある。でも、そこだけを見て、不公平だって嘆いたってしょうがないと思う。お金持ちの家に生まれて、親に沢山のものを用意された暮らしの中で生きている人が、本当に幸せだとは限らない。僕みたいな、親に捨てられて一度は肉の塊になった人間が、生きていく過程で、いろんな人に出会い、やりたい仕事に向き合えているのは、ものすごく豊かな人生だと思います」
4.俳優・大東駿介「子供は大人よりずっと、人として生きていく知恵を持ってる」

「ウチの子供が小さい時、空を見て言ったんですよ。『パパ、空青いね!』って。まさに、“青い”が太字の感じで。で、空を見上げたら、本当に真っ青だった。ハッとしましたね。こんなにシンプルな、本質を突いた言葉で、人は感動させられるんだと。俳優という、言葉を扱う者としても衝撃を受けました。子供から教わることは、たくさんありますね」
子供は、大人がふだん見失っていることを思い起こさせてくれる大きな存在。子育て真っただ中で、子供たちと日々向き合っている大東は、そう感じているという。コロナ禍で、出演を熱望していた作品が頓挫した際も、「子供から“アドバイス”を受けた」と嬉しそうに笑う。
「『やりたかった仕事ができなくなっちゃったんだよね』と言ったら、『パパ、それ本当にやりたかった?』って言うんですよ。『ものすごくやりたかった』と答えたら、『ものすごくやりたいって、ちゃんと伝えた?』と真面目な顔で聞かれて。またもや衝撃、です。想いをちゃんと伝える。それは、人として大切なことやなと」
俳優は、オファーがきて出演できる存在であり、オファーされるには、出演した作品で力を見せるしかない。大東の中にはそんな考えがあったのだろう。自分から「出演したい」「やりたい」と表明することは、それまであまりなかった。