中学3年の終わりに伯母に引き取られ、どん底の生活から抜け出した大東駿介。19歳で俳優としてデビューした後、10年ほどかけて、抱えていた負のエネルギーがゆっくりと消え去っていったという。そしてそれは、俳優という仕事への向き合い方も変える大きな変化となった。【その他の記事はこちら】

人の善意が信じられなかったし、怖かった
母の不在から1年ほど経った頃、大東は住んでいた家も追われることになる。借家だったため、家賃の滞納により立ち退きを余儀なくされたのだ。大東を引き取ったのは、近所に住む伯母。その伯母が最近になって、引き取りに行った時の大東の様子を話してくれたという。
「全然覚えていなかったんですけど、僕は階段の上から伯母さんを見て、『ううっ~!』と唸ったそうです。電気もガスも、水道も止まってしまった家は、居心地なんてまったくよくはないけれど、その時の僕にとっては唯一の居場所だった。外に、自分を受け入れてくれる場所なんてないと思い込んでいたから、そこから離れたくなかったんですよ。現状を変えるのがイヤで、『頼むから、ここにいさせてくれ!』という気持ちでした」
伯母に引き取られた後、中学に再び通い始め、高校にも進学。伯母の勧めでバイトも始め、自分で稼ぐことも覚えた。
「伯母にはいろんなことを、イチから教えてもらいました。でも当時は、そのありがたみに気づくどころか、ずいぶん反発しました。たぶん、心の底に恐怖があったんだと思います。人の善意が信じられなかったし、怖かったんです」
伯母との関係構築に悩んだこともあり、大東は、しばらくすると古いアパートで一人暮らしをしながらお金を貯め、高校卒業と同時に上京。芸能事務所のオーディションを受けて、見事グランプリを獲得。同じ年、早速連続ドラマの出演を果たす。
「俳優を目指した理由は、小学生の頃から映画が好きだったのがひとつ。もうひとつは、別の人生を歩める職業だったから。演技は自分をいかに捨てるかという作業だとしたら、オレは、めちゃめちゃ適任やん。そんな風に思ったんですよ。当時の僕は、自分を捨てたくてたまらなかったから。
同時に、オレはちゃんと生きているってことを、自分を捨てた両親に見せつけてやりたいという想いもあった。自分の存在証明とでもいうのかな。ちょっと暴力的な感覚やったと思います。正直に言うと俳優になって10年くらいは、そういう負のエネルギーに突き動かされて仕事をしていましたね」
負のエネルギーが消え、自分自身に興味がわいた
グランプリ受賞を機に、雑誌『FINEBOYS』の専属モデルとなり、亀梨和也と山下智久のW主演で話題となった『野ブタ。をプロデュース』で俳優デビュー。翌年には、大ヒットを記録した映画、『クローズZERO』に出演するなど、大東はイケメン若手俳優のひとりとして脚光を浴びた。
「グランプリが発表された直後に記者さんに囲まれてフラッシュを浴びた時、自分の目標がひとつ完結してしまった感じがしたんですよね。それからは『きらびやかな俳優の世界を生きないといけない』『周りから注目され、賞賛され続けなければならない』って、マインドがチェンジしてしまったんです。
カッコよく思われたいから、ファッションにも装飾品にもこだわったし、自分がどれくらい売れているのか、注目されているのかを気にしました。演技にしても、自分の存在を残さなくちゃって、そんなことばかり考えていました。本来の自分の姿とは違うのに、それが周りにバレないよう奥の方に押し込めて。
でも、いろんな作品に出させてもらって、たくさんの人と出会ううちに、この仕事がめちゃくちゃ好きになっていったんですよね。みんなに自分のことを認めてほしいというところから始まった仕事だけど、自分は芝居をどこまで追求できるんだろうと、自分自身に興味がわいてきたというか。そうしたら、自分を突き動かしていた負のエネルギーは、いつのまにか消えていました。
今は、人からの評価が全く気にならないですね。自分がその役にどれだけ徹することができるか。すごくシンプルに、俳優という仕事と向き合えていると実感しています」

1986年大阪府生まれ。2005年デビュー。近年は連続テレビ小説『らんまん』、『アナウンサーたちの戦争』(2023)や『あのクズを殴ってやりたいんだ』(2024)などに出演。待機作に映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(2025年5月23日公開予定)、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(2026)がある。
プラスのエネルギーでないと、人の心を受け取れない
負のエネルギーが消えたのは、仕事を通じて、自分を肯定し、心の空洞を満たすことができたからなのだろう。大東は、長らく否定してきた人の善意や好意を素直に受け止め、感謝できるようになっていった。
「怒りとか憎しみといったマイナスの感情を活力にしている時は、周りのありがたみにまるで気づけなかった。スタッフさんが、僕のためにしてくれていることすら、『それは仕事なんだから当たり前。オレも自分の仕事してるんやから』って。
でも最近は、自分を大切にしてくれる人や気遣ってくれる人の気持ちを、すごく素直に受け止められるようになったし、『この人たちをもっと豊かにするには、どうしたらいいだろう』と考えるようになりました。そうしたら、自分のパフォーマンスが上がったというか、これまで以上の力が出ている気がするんですよね。自分が持っているエネルギー以上のものを、周りからいただいているんだと思います」
映画も、ドラマも、芝居も、ひとつの作品が完成するには、多くのプロセスがあり、多くの人が関わる。俳優がそこに参加するのは撮影に入る時、いわば、多くの人が土台をつくりあげた後だ。
「たくさんの人が、長い時間をかけて用意してくれたものに合流するのだから、僕ら俳優は、その人たちの想いをちゃんとキャッチしないといけない。それは、負のエネルギーを持っている人間にはなかなかできないと思う。プラスのエネルギーを持つのは難しいけれど、これからは、人を笑顔にしたり、温かい気持ちにさせるような生き方をしていきたいですね」
<衣装クレジット>
コート¥55,000、パンツ¥29,700(ともにニードルズ)、ベルト¥27,500(ウォーボーン ウォーク)、シューズ¥86,900(ネペンテス/すべてネペンテスTEL:03-3400-7227) シャツ¥31,900、ネクタイ¥14,300(ともにエンジニアド ガーメンツ/エンジニアド ガーメンツTEL:03-6419-1798)