PERSON

2025.07.05

中谷美紀「毎日のように『仕事を辞めたい』と思っています」

2025年6月30日から配信しているAmazon Audible版『リボルバー』で、小説の朗読に初挑戦した中谷美紀さん。俳優として揺るぎない地位を確立しながらも、未知の分野に挑み続ける理由とは? インタビュー記事2回目。 #その他の記事はこちら

微笑む中谷美紀さん

ダメだったら次にいけばいい

Amazon Audible版『リボルバー』で小説の朗読に初挑戦したのをはじめ、ウィーン国立歌劇場2025日本公演のアンバザダーとしてオペラの魅力を熱く語ったり、美術展のオーディオガイドやエッセイの執筆をしたりと、活動の場を広げ続けている中谷美紀さん。

このフットワークの軽さは仕事だけに留まらない。茶道に着物、クラシック音楽に美術鑑賞といった文化的なことから、ドイツ語など語学の習得までプライベートでもさまざまなことに挑戦している。

未知の世界に飛び込むことはエキサイティングであり、時に大きな喜びや充足感をもたらす。とはいえ、知らないことを一から紐解き、“自分のもの”にするのは決してたやすいことではない。それでも中谷さんが新しいことに挑み続けているのはなぜだろうか。

「きっと子供のような好奇心からでしょうね。新しいことを楽しめるのは、自分は何も知らない、何もできない、何も持っていないということを自覚しているからだと思います。聡明な読者の皆さまなら、体験しなくても推測できるのかもしれませんが、私は実際に試してみないとわからないんです。だから、とりあえずやってみる。

それに、すべてのことを深く追求できているかというとそうでもなくて。好奇心に導かれて試してみたものの、少しかじっただけで飽きてしまって『次!』ということも結構多いんですよ。

10代の頃からの憧れで、2000年に発売されたゲーテの完訳版『色彩論』も、難し過ぎて2ページで挫折してしまいましたね。長年本棚に飾っておいた後、古本屋さんに持っていったら思いのほか高く買い取っていただけて、良いお小遣い稼ぎになりましたが(笑)。

結果的に失敗してしまっても、くよくよすることはないですね。ダメだったら次にいけばいいんですから。私、おめでたい性格なんです」

中谷美紀/Miki Nakatani
1976年東京都生まれ。1993年に俳優デビューし、ドラマや映画、舞台など幅広く活躍。2018年、ドイツ人のヴィオラ奏者との結婚を機に、拠点をオーストリアに移す。現在、『小説幻冬』で連載中のエッセイや、著書『オフ・ブロードウェイ奮闘記』や『文はやりたし』なども好評。

「心を動かされる作品に出合うと達成感を覚える」

失敗したら次に進めばいい。その言葉とは裏腹に、仕事においての中谷美紀は完璧主義者に思える。

たとえば、2023年にニューヨークで上演された舞台『猟銃』。バレエ界のレジェンド、ミハイル・バリシニコフを相手にひとり三役を見事に演じ切り、目の肥えたニューヨーカーたちにスタンディングオベーションで称えられた。それは自らの限界に挑み、数多の壁を乗り越えて臨んだからこそだ。

この期間の出来事を詳細に記したエッセイ『オフ・ブロードウェイ奮闘記』からは、過緊張による体の硬直や活舌の問題を解消すべく、新しいメソッドを取り入れたり、現地のスタッフによる理不尽に正面切って戦ったりと、覚悟を持って、この舞台に取り組んでいたことがうかがえる。

「仕事が楽しければ人生も愉しい」を掲げるGOETHEの読者同様、中谷さんにとって仕事とは人生そのものに違いない。そう思いながら「中谷さんにとって仕事とは?」と問うと、「自立を助けるもの」と、意外な答えが返って来た。

「仕事をして収入を得られれば自立できますよね。我が家は(夫婦の)お財布が別なのですが、たとえアラブの大富豪やIT長者と一緒になってもお財布は別がいいです(笑)。あとは……社会とつながるためのものですね」

そんな少々クールにも思えるコメントに次いで発せられたのは、「私に専業主婦は無理だとは思いますが、でも毎日のように『仕事を辞めたい』と思っています」という言葉。

「働いていれば、時には『辞めちゃおうかな』とか『今日は会社に行きたくないな』と思うことってありますよね。それは私も同じです。仕事のメリットとデメリットを両方考えて、『やはり続けよう』と踏みとどまる。その繰り返しです。

映画もドラマも舞台も本当に大変ですし、苦しいことも多いのですが、心を動かされる作品に出合うと達成感を覚えます。

最近は、大好きなアート関連のお仕事も増えてきました。たとえば、敬愛する李禹煥(リ・ウファン)先生の国立新美術館での展覧会や、東京国立博物館の本阿弥光悦の展覧会にてオーディオガイドを務めさせていただいたり。フィレンツェのアカデミア美術館で、閉館後の静かな環境のなかダビデ像を鑑賞できたり、出光美術館で牧谿(もっけい)の『瀟湘八景(しょうしょうはっけい)』を素晴らしい解説付きで鑑賞できたりと、ありがたい機会に恵まれました。

こうした経験も、この仕事をしていなければ叶わなかったことだと思います」

中谷さんは以前とあるインタビューで「仕事のために仕事をしている30代だった」と語っていたが、その仕事観は42歳の時にドイツ人男性と結婚し、拠点をオーストリアに移したことで、大きく変化したようだ。次回は、オーストリアでの暮らしをはじめ、プライベートについて話を聞く。

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=伊藤彰紀(aosora)

STYLING=伊藤美佐季

HAIR&MAKE-UP=下田英里、川村倫子(ネイル)

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