10〜20代は仕事に邁進し、30代は育児中心の生活を送り、40代で本格的に仕事に復帰。ライフステージとともに、石田ひかりの仕事に対するスタンスは少しずつ変わってきた。50代に入った今、どんな想いを抱いて仕事に向き合っているのか。インタビュー記事2回目は、その変化について話を聞く。#1/#3

まったく売れなくて辛かったアイドル時代
中学1年の時にスカウトされたのがきっかけで、芸能界に足を踏み入れた石田ひかり。俳優のイメージが強いが、1987年にアイドル歌手として活動をスタート。シングル10枚、アルバム5枚を発表したが、本人いわく「まったく売れなくて、辛かったです」。
「今でこそネタとして笑い話にしていますが、いかにもアイドルな衣装を着て、ドーナツショップの前で歌ったこともありました。誰も立ち止まってくれないし、場違いな感じがして、すごく恥ずかしかったことを覚えています。全然売れないのに、いつまで続けるんだろうとずっと思っていました」
3ヵ月に一度シングルが発売されていた時代だ。新曲が出た頃には次の作品のレコーディングをしているという状況のなか、「辞めたい」と言い出せないまま歌手活動を続けていた。
そんななか、1991年公開の大林宣彦監督作品『ふたり』で第15回日本アカデミー新人俳優賞などを受賞。これを機に、『悪女(わる)』(日本テレビ/1992年)、連続テレビ小説『ひらり』(NHK/1992年)、『あすなろ白書』(フジテレビ/1992-1993年)など大ヒットドラマの主演が続き、石田は俳優としての地位を確立する。
「あの頃はオーディションも良く受けていましたね。『この役を絶対につかむんだ!』と張り切って頑張るんですけど、合格したら終わりというわけではもちろんなくて。役をいただいた後、思ったとおりの演技ができずモヤモヤしたり落ち込んだりしていました。
……それは今も変わりません。『今日はうまくいかなかったな』とか『あそこは2拍早かったな』とか毎回反省することばかりです。でも終わってしまったものは戻せないから、とにかく次に生かして、頑張るしかない。ずっとその繰り返しのような気がします」
産後、復帰したいという気も起きなかった
プライベートでは2001年31歳の時に結婚。2003年に長女、2005年には次女を出産。10年あまり仕事をセーブし、家庭に軸をおいた。
「私、根がすごく真面目なうえに要領が悪いんですよ。“母親はこうあらねば“とか”子育てはこうしなければ“という考えに、がんじがらめになって、毎日がいっぱいいっぱいでした。
妊娠で13キロくらい太ったのに、産後、あっという間に20キロ痩せてしまったくらい(苦笑)。自分の顔すら洗えないほど余裕がなかったので、しばらくは仕事に復帰したいという気も起きなかったですね」
出産後に受けた仕事は、2005年に公開されたフランスのドキュメンタリー映画『皇帝ペンギン』の吹き替え版。母親ペンギンの声を担当したものの、ちょうど授乳の時期だったこともあり、母親モードから仕事モードへの切り替えに悩んだと石田は打ち明ける。
「何年も仕事を離れて家にこもっていたのですべてについていけなくて。今思えば本当に申し訳ないんですが、体はここ(現場)にあるのに、心と頭はずっと娘たちのところみたいなチグハグ感をずっと抱いていたんです。仕事と育児、どちらも中途半端でこのままやっていくのは難しいなと思いました」
結局、長女が10歳になるまでの約10年間、石田は仕事をセーブ。長女が幼稚園に入園してから次女が高校を卒業するまでの16年間、毎日お弁当をつくり続けたというエピソードからもうかがえるように、30代は母業に全力投球した。
「お弁当に関しては、『これだけはやる!』と自分のなかで決めていて、半ば意地みたいなものですね(笑)。つくれない日もありましたし、手を抜いたこともありましたけど、次女に最後のお弁当をつくった日の達成感は大きかったです」

1972年東京都生まれ。1986年にデビューし、ドラマ、映画、舞台など幅広く活躍し、受賞歴多数。直近の主な作品として、連続ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』『ミッドナイト屋台 〜ラ・ボンノォ〜』。公開中の『リライト』『ルノワール』のほか出演作を多数控える。
芝居には、正解もなければゴールもない
仕事を増やし始めたのは、長女が小学4年、次女が3年になり、少し手が離れたあたりから。娘たちが中学生になった頃には、時間と気持ちに余裕が生まれ、「仕事があるからこそ、家でもご機嫌でいられる」と、仕事に対する想いも変化してきた。
そして2017年、14年ぶりに連続ドラマで主演を務めるなど、本格的に活動を再開。以来、ドラマに映画にと、出演作が引きも切らない活躍ぶりだ。
「俳優は、オファーがなければ成り立たない仕事。10年間、家庭中心の生活を送っていた私のことを忘れず、『この役を石田ひかりに』と声をかけてくださる方々がいてくださるのはどれだけありがたいことか。それは、仕事に復帰した頃だけでなく、今も痛感しています。
私は作品にも、監督にも、共演者にも、スタッフにも恵まれ、すばらしい仕事をさせていただいてきました。でも、次のオファー必ずあるという保証はなくて、常に崖っぷち。だから、全身全霊をかけて、目の前の役にひたすら向き合うだけです」
長いキャリアのなかで転機になった作品はあるかと石田に問うと、「すべてですね」という答えが返ってきた。
「ストーリーはもちろんですが、同じ共演者やスタッフが集まることはないので、どの作品も唯一無二。だからどの作品に学びがあり、気づきがある。すべてが私にとって転機となる作品なんです。
……芝居は本当に難しくて、正解もなければ、『ここがゴール』という終わりもありません。この先も自分に合格点をあげられることがないかもしれないけれど、それでもこの難しくてやり甲斐のあるものに、一生食らいついていきたいですね」
デビューから39年経った今なお、演じることへの情熱を胸にたぎらせている石田ひかり。最終回は、人生後半戦に突入した今の想いについて語ってもらう。
『ルノワール』
映画『PLAN 75』で高い評価を受けた早川千絵監督が、「子供はいつ大人になるのか」をテーマに、11歳の少女フキの感情、そして周囲の大人たちの生きづらさと哀感を細やかに描く。日本、フランス、シンガポール、フィリピン、インドネシア、カタールの国際共同製作作品。カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された話題作。
出演:鈴木 唯、石田ひかり、中島 歩、河合優実、坂東龍汰/リリー・フランキー
監督・脚本:早川千絵
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2025年6月20日(金)より全国公開
https://happinet-phantom.com/renoir/
<衣装クレジット>ジャケット¥39,600、Tシャツ¥26,400(ともにアダワス)、デニム¥28,600(サージ/すべてショールーム セッションTEL:03-5464-9975) ピアス¥110,000、ネックレス¥297,000、バングル¥297,000、リング¥462,000(すべてトーカティブ/トーカティブ 表参道 TEL:03-641-0559)