運命的な出合いだったのかもしれない。地元・熊本でアパレルの店舗が入るビルを探していたスザンヌさんが一目惚れしたのは、有明海沿いの老舗旅館。東京のマンションを売った7500万円を使って、4年前に廃業していたその旅館をリノベーションする予定だったが……。【特集 RE:チャレンジャー】

リフォームの見積もりは2億円
有明海にのぞむ老舗旅館・龍栄荘に一目惚れ、2400万円で購入したスザンヌさん。この景色のいい場所でカフェやアパレル販売、エステをやりたいと思い旅館のリフォームを始めると、次々と難題が降り掛かってきた。
「購入とリフォームを含めても、東京のマンションを売った7500万円で足りると思っていたんです。でも業者が建物をチェックしたら、まず屋根を張り替えるのに2000万円かかると。さらに床下の基礎をつくったり、シロアリ対策をしたり、ボイラーを替えたり、なんだかんだとんでもないお金がかかることがわかったんです。70年前の建物で、しかも4年間放置されていたわけですから、簡単なリフォームでは無理。最初の見積もりは2億円。さすがにそれは無理だと、諦めようかなとも思いました」
そんなスザンヌの背中を押したのは、龍栄荘の地元・河内町で暮らす人々だった。
「地元のおばあちゃんたちと話していると、この旅館で結婚式を挙げたとか、みんなで宴会をして楽しかったとか、たくさんの思い出を聞かせてもらえる。そういう地元の人に愛された旅館を、もし私が再生できたら、熊本への恩返しになるんじゃないかと思いました。東京でタレント活動をしていたときも、熊本に帰ってきてからも、私は地元の人の応援でここまでやってくることができた。いつか熊本に恩返ししたいという思いはずっと持っていました。そう考えたら、多少無理してでもやってみよう、龍栄荘を復活させようという気になったんです」
融資でも出資でもなく自己資金
すべてを元通りすることはできなかったが、まずは1億5000万円かけて、できるだけのリフォームを行うことに。スザンヌは、あえて融資や出資を受けず、自己資金で龍栄荘を再生することにした。
「土地と建物がありましたし、宿泊や飲食の施設をつくるという事業計画もあった。お金を借りることはできたと思いますし、クラウドファンディングを勧めてくれる人もいました。でも自分でやりたいと思うことを思い切ってチャレンジするのに、他の人の意見を伺うという状態にしたくなかった。せっかくやるなら、思い通りにやってみたい。私が向き合うのは、お金を貸してくれた人ではなくて、地元の人たち、この旅館、店を愛してくれる人たちだけにしたいと思い、自分ですべて出すことにしました。だから、ぜんぜん余裕ないんですよ。ほんと、自転車操業なんです(笑)」
2024年12月に生まれ変わった「KAWACHI BASE 龍栄荘」がオープン。2025年2月からは宿泊のサービスもスタートした。
「おかげさまでいろいろなメディアに取り上げていただいたこともあって、カフェは毎日満席のような状態ですし、宿泊の方も週末は予約で埋まっています。カフェは同世代の女性に喜んでもらえるよう“美と健康”をテーマに罪悪感のないメニューを用意したのですが、思いのほか男性やシニアの皆さんにも喜んでもらっています。
宿泊は温泉も含めプライベート感にこだわりました。アメニティは自分の好きなブランドのシャンプーなどを用意し、ドライヤーも高級品を選んでいます。持ち帰っていただけるブラシは木製で龍栄荘のロゴを入れました。こういう細かいけどお金がかかることって、お金を借りちゃうと、絶対にできない。そこは自己資金でよかったと思っています」

1986年熊本県生まれ。福岡でのモデル、タレント活動を経て19歳で上京。2007年、『クイズヘキサゴン』でブレイクし人気タレントとして活躍。2008年には「熊本県宣伝部長」に就任。2011年に結婚、2014年に長男を出産。2015年、離婚を機に熊本で生活を始める。現在は、母親、タレント、経営者、大学生として多忙な日々を送る。
感謝の気持ちをどう伝えるか
経営者としてこだわっているのは、「自分がいないときでもお客様に満足してもらえること」。
「私もお客様に感謝を伝えたいので、できるだけ龍栄荘にいるようにしているんですが、芸能の仕事もあるので毎日というわけにはいかない。私に会えるのを楽しみにしてくれていたお客様に、私の思いを引き継いで、それを伝える。スザンヌに会えなくてがっかりとならないようなサービスができるようにというのが、今の課題です。
私の背中を見て学んでほしいなという思いもありますが、やっぱりそれだけでは伝わらない。たとえば、クルマで帰っていくお客様にどこまで手を振り続けるかとか、そういう小さな心構えも含めて、スタッフと共有していかなければと思っています」
経営者として10人のスタッフとともに龍栄荘を運営している。あらためて感じるのは、人とのつながりだという。
「自分ひとりでは、絶対にここまでできなかった。契約などについて教えてくれた大学の先生方、日々龍栄荘を切り盛りし、盛り上げてくれるスタッフ。そしてなにより足を運んでくださるお客様。熊本に恩返ししようと思って始めたのに、結局、熊本のお客様がたくさん来て応援してくれている。本当にありがたいなと思っています。オープンのときはマルシェをやって盛り上げたんですが、こういうイベントももっとやっていきたいと思っています。龍栄荘を通して河内町、そして熊本をもっと盛り上げることができたらいいですね」
経営者として、タレントとして、そして母として日々奮闘するスザンヌ。リスクを恐れず、大きなチャレンジをした彼女の人生には、揺るぎない“柱”があった。
※次回に続く(5/2日公開予定)