PERSON

2025.07.06

元人気アイドル・髙橋優斗がスタートアップ起業家に転身「名刺の渡し方も、ビジネスメールの書き方もわからなかった」

自身の生まれ故郷をさらに盛り上げ、次の時代を担う会社を作るために起業した髙橋優斗氏。その第一歩目としてギフトスイーツブランド「横浜バニラ」を立ち上げた。会社経営も菓子作りも初めてながら、「塩バニラフィナンシェ」は新横浜駅や赤レンガ倉庫などで販売、大ヒットを記録している。2024年、24歳で起業。当初は名刺の渡し方もわからなかったという髙橋氏が会社を、そして商品を作りあげていくまでの起業ストーリー。前編は故郷横浜への想いと、試行錯誤の商品開発の日々を訊く。

髙橋優斗氏

魂を注げる仕事を横浜でならできると思った

新横浜駅、新幹線東改札口前の売店に、長蛇の列ができていた。その日は2024年に産声を上げたスタートアップ企業「横浜バニラ」の商品「塩バニラフィナンシェ」が、新横浜駅で常設販売を開始して最初の週末だった。

「いつもはこんなに並ぶことはないんですけど、今日は特別ですね」売店のスタッフはそう言いながら、駅の外まで続く長い行列を整理する。売店には、鎌倉銘菓「鳩サブレー」や東京名物「東京ばな奈」といった誰もが知る土産菓子が並ぶが、その日行列にいた人々の買い物カゴにはもれなく「塩バニラフィナンシェ」が入れられていた。

「本当にありがたいことです。感謝しかありません」

横浜バニラの代表取締役社長CEOの髙橋優斗氏は、そうゆっくりと頷く。

この「塩バニラフィナンシェ」は2025年2月に“横浜の新定番土産”を目指し、横浜高島屋のポップアップストアで販売開始。12時間で1万4514個を売り上げ「12時間で販売されたフィナンシェの最多個数」としてギネスブックにも登録された。そのロケットスタートを経て現在、新横浜駅のほかにも横浜赤レンガ倉庫、横浜中華街(2025年7月6日まで)といった地元を代表する観光地で販売されている。

「僕たちはまだ小さな組織ですので、今は販売店を増やすより、現在置いていただいている店舗に確実に届けることに集中しています。他社工場に委託するOEMで製造していますから、ひとつひとつの工場のラインでしっかりと同じ味を出せるのか、そのテストもかなり回数を重ねました。やっと安定してお客様の手元に届けられるようになってきたと感じているところです」

髙橋優斗氏

かつて大手芸能事務所に所属、アイドルとして活躍していた現在25歳の髙橋氏が、「横浜土産」で起業、勝負をかけたのには地元・横浜への並々ならぬ愛があった。

「いつかは起業したい、そういうふうに19歳くらいからぼんやりと思っていたんです。24歳でさまざまなタイミングが重なり『今やろう』と。では実際にどこで何をするかと考えた時、故郷である横浜に軸足を置きたいなと思いました。

僕は15歳で芸能の仕事を始めるまで、東京にはほとんど行ったことがなく、横浜からもほぼ出たことがないくらい地元一筋の青春を過ごしていたんですよ。芸能の仕事をするようになってからは、都内に出て横浜に戻ってくるとすごく街が綺麗に見えたんです。当たり前に見ていたみなとみらいの景色、古い建造物、離れてみると街の良さがしみじみとわかりました。

これまで僕は魂を注いで仕事をしてきました。そして起業するにあたり、これからもそうでありたいと強く思った。家族や友達との思い出があるこの美しい街のためならそんな仕事ができるのではないかと考えたんです」

芸能の仕事でかつて全国を回っていた髙橋氏。旅行も好きで、なかでも旅の最後に土産店で土産物を選ぶ時間が好きだったという。

「お土産って『楽しかったな』って旅の最後に買うものですよね。そしてそれを自分の大切な人に渡してまた思い出話に花が咲く。横浜のお土産を作れたら、僕の大切な横浜という街をもっと多くの人に好きになっていただけるのではないか。そのための仕事なら、魂を注ぐことができる。そう思ってはじめた会社なんです」

髙橋優斗氏

考えすぎて、バニラとはなんであるかわからなくなったことも

横浜土産を生み出す、そう決めてたどり着いたのが「バニラ」だった。その発想の源は、髙橋氏が小学校4年生の頃に家族と出かけた横浜開港150周年イベント「Y150」にある。そのイベントで、横浜開港の際にさまざまな文化が横浜から日本全国に広がったこと、そして「アイスクリン」(今でいうアイスクリーム)が、横浜の港から日本全国に広がったことを髙橋氏は知った。「アイスクリームで、一番先に思い浮かぶフレーバーといえばバニラ」。そんな連想と、「100年後も愛される『超王道のブランド名』をつけたい!」という思いから「横浜バニラ」のブランド名は誕生。

髙橋優斗氏

「僕の原体験と横浜の歴史も含まれた社名になっている気がしてコレだ!と思いました。この社名からバニラのフレーバーを活かせる商品はなにかと試行錯誤して、フィナンシェにたどり着いたんです」

「塩バニラフィナンシェ」には、さや1本1本に生産者記号が刻印された「ブルボンバニラビーンズ」からなる天然ブルボンバニラエキスが使用されている。フィナンシェを一口齧ればその濃厚なバニラの香りが口いっぱいに広がり、表面に散りばめられたアンデス山脈の岩塩の塩味が、その甘みを引き立てる。これまで食べてきたどのフィナンシェとも違う、まさに新しい味わいの焼き菓子だ。

「そうなんですよ! そもそもバニラってスパイスですよね。だから、バニラを食べるってどういうこと? バニラの味って何?ってわからなくなってしまったこともありました(笑)。でもこの天然ブルボンバニラエキスに出会えて、僕らはやっぱり強烈にバニラを感じられる濃厚な商品を作るべきだと軸が固まりました。 フィナンシェって焼き上げて時間がたつと味が全然変わるんです。お土産ですからある程度時間が経った段階で食べますよね。その際にどう味が変化するのか。作って2日のもの、3日のもの、1週間のもの、何度も食べ比べてパティシエさんとともにテストを重ねました。うまくいかなければまた最初から。次にテストするためにまた1週間待たないとならないですから、ものすごく時間がかかります。もうこれ以上失敗できないぞ、という緊張感を持って試作は1回1回集中して作っていきました」

髙橋優斗氏

名刺の渡し方も、ビジネスメールの書き方も最初はわからないことだらけだった

なにごとも0から1を生み出すことがもっとも困難だ。まったく新しい商品を0から作り出す。しかも菓子作りをするのも、会社を作ることも初めてというなかでの試行錯誤だ。

「東京駅で両手いっぱいにお土産を買って、どういうものがあるのか、売れているのか地道に研究してきました。それにそもそも僕は、最初は名刺の渡し方も、ビジネスメールの書き方もよくわかっていませんでしたから、それすらひとつひとつ学びながらです。覚えることもたくさんあるし、そのなかで自分が何を作りたいのか模索して。で、どんどん頭の中がとっ散らかっていくんですよね(笑)。『ああ、これじゃダメだ』と一旦整理して立ち止まる、その繰り返しの日々でした。朝起きてから寝るまでずーっとデスクで作業して。1日1日がすごく長く感じた。でもだんだん自分が思い描くものがカタチになっていくと、やっぱり楽しいんですよ。生み出す苦しみはもちろんあるけれど、こうして商品になった今も本当に毎日がすごく濃密です」

横浜バニラ「塩バニラフィナンシェ」
国産小麦を使用した小麦粉を100%使用。中はしっとり、外はカリッと焼き上げた、バニラフィナンシェ。香り高いブルボンバニラエキスやピンク岩塩のやわらかな塩味、直火焦がしバターが包み込む、濃厚でリッチなコクなどが特徴。「塩バニラフィナンシェ」1箱6個入り ¥2,160

商品の顔となるパッケージデザインももちろん髙橋氏がこだわって作った。菓子作り同様にパッケージを作るという作業も初めてのこと。そこに込めたのはデザインセオリーなどではなく、迸(ほとばし)るほどの横浜愛と情熱だ。

「まずは横浜の港や海を思わせる『横浜ブルー』にこだわって、青いロゴにしようと、これもまた何度もやり直しました。パッケージに印刷されている商品名は僕の手書きなんです。筆記体がうまく書けなかったから、すごく練習しましたよ(笑)。『横浜バニラ』の刻印もデザインに入れたのですが、これは横浜の印鑑屋さんに飛び込みで印鑑を作ってくださいとお願いしたもの。最初にこの印を僕が押した時に、力が入りすぎて少し潰れてしまったのですが、1発目のこの気合いの入りすぎた印を使いたいなとデザインしました」

横浜バニラ「塩バニラフィナンシェ」
左上のギザギザした部分が「力が入りすぎて潰れた」箇所。

そうして作り上げた商品に、横浜高島屋で、そして新横浜駅で、人々が長蛇の列をなした。その光景は髙橋氏にとって生涯忘れられないものになったはずだ。

インタビュー後編(7月7日公開)では、横浜土産として定番化していくために考えていること、そして起業時に感じたプレッシャーを訊く。

髙橋優斗氏

髙橋優斗/Yuto Takahashi
1999年神奈川県横浜市生まれ。2015年から芸能事務所に所属し、テレビや舞台、コンサートなどで幅広く活躍。2024年に芸能事務所を退所、横浜バニラの前身であるYX factoryを設立。2025年2月に正式に社名を「横浜バニラ」に変更し、「塩バニラフィナンシェ」の開発、販売を行う。

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=干田哲平

HAIR&MAKE-UP=Misato Awaji(POIL)

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2025年8月号

100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH

ゲーテ2025年8月号

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2025年8月号

100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ8月号』が2025年6月25日に発売となる。今回の特集は、“100年後も受け継ぎたいLUXURY WATCH”。表紙はNumber_iの神宮寺勇太さん。あくなき探究心が見つけた語り継ぐべき名品とは。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

GOETHE LOUNGE ゲーテラウンジ

忙しい日々の中で、心を満たす特別な体験を。GOETHE LOUNGEは、上質な時間を求めるあなたのための登録無料の会員制サービス。限定イベント、優待特典、そして選りすぐりの情報を通じて、GOETHEだからこそできる特別なひとときをお届けします。

詳しくみる