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2022.10.26

【綾野剛】大物写真家との”決闘”の果てにたどりついた場所

写真家・操上和美が、560ページに及び俳優・綾野剛を撮り下ろした肖像作品集『Portrait』。毎月1回、同じスタジオ、同じポジションで、2021年の8ヵ月間、その撮影は行われた。制作を通してぶつかり合った表現者の魂の行方は─。撮影秘話、”決闘”の日々を語るトークイベントの開催も決定!

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変化していくその人を撮るという挑戦

「これは男と男の決闘でした」

写真のプリントを前に、写真家・操上和美はそう言って綾野剛の顔を見た。綾野も頷く。

「操上和美とともに作品集を作りたい」という綾野の願いに応えて、2021年5月より撮影は開始。月に1度、操上のスタジオに綾野を招き、毎回同じポジションで、交わす言葉も少なくストイックに撮影を重ねた。

「昨日、今日、明日。人は毎日違います。さらに、俳優・綾野剛は役に生きている。だからこそ体格も、表情も、もう見事と言えるほど変化する。時間をかけてその変化を撮ってみたいと思ったのです」(操上)

ひたすらシャッター音だけがスタジオに響く緊張感のあるその様子は、外から見てもやはり戦いのようであった。

「一方で操上さんの前に立つことで安心する日もありました。まっさらなその時の自分を連れていき、見ていただく。それを観察し、受け止める操上さん。その繰り返しです」(綾野)

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操上「綾野さんの変化を撮りながら、私自身も変化していることに気がつく」

操上は撮影の都度、綾野の変化を感じていたという。

「セッションで追いこんでいくことで、今、彼は幸せな時期なのだろう、今はアンハッピーな時期なのだろう、ということが伝わってきました。そして写真をセレクトしていると、今月の綾野さんは少し違う、先月のほうがよかった、と思うことも。そう思うのはきっと私の感情も写っているからなんです。セレクトする際はフラットでいるようにしていますが、それでも私の感覚も日によって違うのでしょう。綾野さんの変化を撮りながら、私自身も変化していることに気がつくのです」(操上)

1枚、綾野の瞳に涙の溜まった写真がある。操上はこの撮影の際、カメラの前で演技をすることを許さなかった故、これは綾野自身の涙であるはずだ。

「まったくこの時のことを覚えていません。“涙した”という言葉にしてしまうと、理由という輪郭を決定づけてしまいますが、操上さんとの撮影では、そういうことはありませんでした。その場で毎回何かが生まれるのは当たり前で、もし涙していたとしても、それは特別なことではありません。だから覚えていないのでしょう。それでいいと思います。受け取ってくださった方々がどう感じてくれるかだけですから」(綾野)

ある日の撮影では、スタジオに到着した綾野はコートもマスクも取らず、やって来たそのままの姿でカメラの前に立った。簡単な挨拶を交わして撮影は開始、数枚撮ったところでようやくふたりは抱き合ったという。そしてこの時の写真が表紙に選ばれた。デザインはサントリーウーロン茶などのアートディレクターを長くつとめた、日本を代表するアートディレクター葛西薫氏によるものだ。

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綾野「表現は、足すことでも引くことでもない。品位と“ゆらぎ”こそが大事だと知った」

「今回のお仕事で、操上さんと葛西さんに人間というものを教えていただいた。これまでの仕事や生活では、何かを足すか引くかしかないと思っていました。けれども、品位があるか、ゆらぎがあるかこそが大事なことだと教えられました。表紙の写真は大きく使っていません。けれどこれは別に何かを削いだわけではない、操上さんと葛西さんの“ゆらぎ”なんです。僕は40歳になる時にそのことを学ばせていただき、すぐには獲得できずとも、一生僕の身体の中に臓器のように残るものになったのだと感じました」(綾野)

“ゆらぎ”を表現すべく、綾野は作品集の紙質にもこだわった。

「敢えて経年劣化するもの、手触りのよいやわらかくてザラザラしている紙を選びました。光を反射する作品ではなくて、吸収する作品にしたいと思い、新聞紙や漫画雑誌に近いような紙にしました」(綾野)

操上も制作時を思いだして目を細めた。

「うちの事務所の本棚にある作品集や資料を見て、こういうのがいい、とやっていましたよね。出版社の人間も横で『その紙は高すぎます!』とか言い合いながら(笑)」(操上)

本来、薄いマット紙はインクを吸収しすぎてしまうため、写真を印刷するには不向きといわれている。けれどこの綾野のこだわりを操上も快く受け入れた。

「写真のなかには、時代や時間そのものは写っていません。でもできあがったこの作品集は、持ち主と一緒に年をとっていく。届く時に、角が折れていたり潰れていたりするかもしれない。ぐるっと丸めて持ってもらってかまわない。どちらにせよ届いて完成なのだと思います」(綾野)

操上「どこまで高みに登れるのか、まるで旅のようだった」

芸術家たちの多くが、写真界のレジェンド・操上和美のレンズの前に立ちたいと、常に切望している。そしてその操上は、シャッターを切る時、常に考えていることがあるという。

「愛おしさみたいなものが写ればいいと思っています。好きとか嫌いではなく、なんだか“愛おしい”という思いがカメラの中に入ってくるような。それが訪れたら大成功です」(操上)

本作の撮影でもその瞬間は数々訪れた。

「まるで旅をしているようでした。どこまで高みに登れるのか、それがセッションの醍醐味。綾野さんがこちらに反応し向かってくる、そしてスパークし、ふたりで遠くへ飛んでいく。撮影時間そのものは短いですが、遠くへ行ける日もありました。『今日はいい旅でした』と撮影を終えるんです。ですから、この作品集は旅の記録とも言えますよ」(操上)

そして、その旅はまだまだ終わらないと綾野は言う。

「月に1度、必ず操上さんは僕の胸の中に存在しました。そんな時間を愛と呼ぶのではないでしょうか。僕の人生に間違いなく操上さんは介入し、そして僕も操上さんの人生に介入した。これからは作品集を作る、という理由はなくなりますが、もっと自由に旅を続けていけばいいと思えたんです」(綾野)

操上が言った「決闘」のあとで、写真家と役者は今やっと笑い合えているのだろう。ふたりは死闘の果てに互いを認め合った戦士のようにも見えた。

操上&綾野 それぞれが感じた『Portrait』の極意

愛おしさを写真に写す
「なんだか、愛おしい。そういうものが身体に宿って、カメラに入ってきた時、それを写せているかどうか。ただ単にカッコいいというものには興味はありません。見ていて愛おしくなる瞬間を捉えること」(操上)

セッションで、遠くに行く
「写真を撮っていて、遠くに行ける瞬間があります。ひとりでは決して訪れない瞬間です。相手が向かってきて、スパークして遠くへ飛ぶ。そうすると、スタジオにいながら旅ができるのです」(操上)

カメラの前でマネキンでいたい
「僕はカメラの前でいかに感情を写さず、マネキンでいられるか、これまでずっと考えてきました。操上さんはたった数回のシャッターでそれを完璧に表現してくださる。それが衝撃的でした」(綾野)

触れたくなるような作品集
「滲んだインクとその匂いまで感じられるような作品集にしたくて、紙だけは提案させていただきました。持つ人の手に触れるものですから、優しい手触りにしたかったんです」(綾野)

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『Portrait』
綾野 剛/操上和美 共著/幻冬舎 ¥9,900
完全受注生産
予約締切:2022年11月7日
発売日:2023年1月26日

舞台裏を語る、トークイベントの開催が決定!

『Portrait』の撮影秘話、綾野と操上の”決闘”の日々を語るトークイベントの開催も決定! トークイベントの模様は、指定の書店サイトよりイベント応募抽選用の商品を購入いただいた方全員に2023年1月29日(日)18:00〜3日間限定で配信。さらに、抽選で70名様をトークイベントの会場にご招待します。 詳細はこちら

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綾野さん:Tシャツ¥14,300(レザレクション)、パンツ¥121,000(デュエラム TEL:03-5447-2100)、そのほかスタイリスト私物

Kazumi Kurigami
1936年北海道生まれ。’65年からフリーランスの写真家として活動を始め、ファッション、広告の分野を中心に撮影。主な作品集に『ALTERNATES』『泳ぐ人』『陽と骨』『KAZUMI KURIGAMI PHOTOGRAPHS-CRUSH』『POSSESSION 首藤康之』『April』など。

Go Ayano
1982年岐阜県生まれ。2003年に俳優デビュー。映画『そこのみにて光輝く』『怒り』などに出演。ʼ16年公開映画『日本で一番悪い奴ら』で第40回日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞。ʼ22年はドラマ『オールドルーキー』(TBS)、『新聞記者』(Netflix)など話題作に出演。

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連載
熱狂人生

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=操上和美、笠井爾示

STYLING=申谷弘美

HAIR&MAKE-UP=石邑麻由

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