30歳の節目として、自身初となるフォトエッセイ『達者じゃなくても』を刊行したソロ・アーティスト、アイナ・ジ・エンド。インタビュー後編は、仕事について。がむしゃらに走り抜いてきた令和のディーバが大事にしていることとは? #前編

ソロになって知る、メンバーのありがたみ
楽器を持たないパンクバンドとして活動してきたBiSH。在籍中からソロ活動も並行していたアイナ・ジ・エンドだが、解散後は、個人として背負う責任の重さを強く感じるようになったという。
「グループ在籍中からソロで活動する機会は増えていたんですが、“任せる”とか“委ねる”ということの大切さを、改めて実感しています。
グループ活動だと、少しニュアンスが違うんですよね。あらかじめレールが敷かれていて、自分の役割を全うすればよかった。私は振り付け担当だったので、そこに集中すればよかったんです。
でもソロになると、ライブ会場はどうする? どのフェスに出たい? 衣装は? 演出は?というように、当たり前なんですが、すべての判断と責任が自分にかかってくる。
そういう時に“誰かに頼る勇気”が必要なんだな、と感じるようになりました。私は何でも抱え込んでしまうタイプなんですけど、周りにはプロがいる。そこで勇気を振り絞って頼ってみると、化学反応が起きて、自分の想像以上にいいものが生まれるんです。
些細なことでも、“誰かに頼ってみてよかった”という経験を重ねてきたことで、今では人に委ねることへの抵抗はだいぶなくなりました。でも、グループで活動していたときよりも自分にしかできないことが増えているので、大変さでいえば今のほうがあるかもしれません(笑)」
さらに言えば、グループ時代に感じていたことが、今の活動にも活きているという。
「当時の私は、メンバーへの接し方がけっこう尖っていて。もう少しフレンドリーに接してもよかったのかな、と今になって思うこともあります。メンバーによっては、お姉さんっぽく接したり、友だちっぽく振る舞ったり、そういう世界線もあったのかもしれないなって。
でも、どうしても“戦友”というか、“ともに戦う仲間”という感覚が強くて。馴れ合いっぽくするのは、どこかできなかったのかもしれません」
とはいえ、仲間のありがたさを実感する場面は、これまでも数えきれないほどあった。たとえば、グループ在籍時に主演を務めた映画『キリエのうた』に関わっていた時期は、前回の記事で触れたとおり、彼女の最繁忙期。そんななかでメンバーとの触れ合いは、彼女のメンタルを助けるものだった。
「映画のプロモーション中は、もうメンタルがパンク寸前でした。実際にライブ中に倒れてしまったこともあります。そんななかでも、メンバーが笑わせてくれたり、言葉をかけてくれたりして、ちょっとずつ前を向くことができた。こういうことは、グループだから感じられたことでしょうね。助けてもらったことは数え切れません」
「私は達者じゃない」でも自分を信じる気持ちが大事
「本のタイトルにも込めたように、私はもともと“達者”じゃないんです(笑)。遅刻も多いし、納期を守れないこともあるし、ミスも多い。言ってしまえば、よくない人間なんですけど、“私はできないんだ、それが当たり前”ということを自分のベースに置いておくと、他人のミスも気にならなくなってきます。
ただ、そのダメさを肯定しすぎると、“ぬかるんだ世界”になってしまう。だから、自分に甘くなりすぎないように、“自分の決められた役割だけはちゃんと全うする”ということは決めています。
曲作りでは、聞くべき意見は取り入れますが、自分の考えや感覚は絶対的に大切にする。自分の感覚を信じることは、何よりも必要かなと思っています。
“何もできない”として、自分への自信を失ってしまうのはよくないですが、自分の“これだけは負けない”という部分を信じれば、そこは支えになるのかなと。あとはまぁ、のんびりやることにしています(笑)。
結局、人を信じると自分を信じられる。この人と仕事をしたら楽しいな、この人の意見はいいな、信じてみたい。そういう交流を繰り返していくなかで、自分自身のこともピュアに信じられるようになるんですよね」
自分の気持ちを開示する
数々のプレッシャーにさらされる日々のなかで、ソロ活動を通じて、彼女なりの気持ちのリフレッシュ方法が見出せたという。
「気持ちを開示する、っていうんでしょうか。グループのときは、プライベートの会話ってまったくといっていいほどしなかったんですが、最近は、メイク中にスタッフさんとざっくばらんに話すようになったんです。
ここ1、2年での話なんですけど、すごく楽になりました。仕事だからというふうに割り切り過ぎちゃうと、気取ってしまって疲れてしまう。
もともと私は寂しがり屋なところがあって、そういう“心の距離感”って、けっこう寂しいんだなと気づき始めたんです。でも、自分から気持ちを開示していくと寂しくない。あ、これいいなと。本当に最近気づいたことなんですけど(笑)。
今では、タクシーの運転手さんにもいろいろ話しかけて、人生相談に乗ってもらったりしているんです」
グループを離れ、改めてソロに対する想いが強まっている今、アイナ・ジ・エンドにとって「仕事」とはどのようなものなのだろうか。
「どうせ仕事をするのだから、みんなが楽しめる方向に進むのがいいじゃないですか」
自分の気持ちを開示する、というのも、最終的に楽しんでやれたら、という思いの表れ。これまで孤独に戦ってきた表現者が、その過程で気づいた他者との深い関わり――。そこからまた、新たな自分を見つけていくのだろう。
30代は“種が芽吹く時期”
アニメ『ダンダダン』第2期のオープニングソング「革命道中」が絶賛配信中のアイナ・ジ・エンド。今、彼女がワクワクしていることについて尋ねると、「この曲が新たなアンセムになりそうでワクワクしている」と語ってくれた。
「この夏にかけて、テレビでのプロモーションはもちろん、フェスやライブなどでこの曲を披露できるのがとても楽しみです。いろいろなことを吸収できた曲なので、自分にとってすごく大事な1曲になりそうです」
その言葉からは、以前語ってくれた“歌手としての自分のあり方”がうかがえる。
彼女の著書『達者じゃなくても』にも赤裸々に綴られているとおり、これまでの30年、怒涛のように駆け抜けた。
では、30代を迎えた今、どのような“アイナ像”をイメージしているのだろうか。
「楽しみでしかないです。大好きな女性の先輩たちから、“女の30代は本当に楽しいよ”という話をよく聞くんです。20代にまいてきた種が芽を出し始めるのが、30代らしいので。それがもう、楽しみで仕方なくて。
実際、20代は種を存分にまいてきた実感もありますし(笑)。この先の10年は、生えてきた芽を一生懸命愛でていく、そんな時間にしたい。どんな芽が出ようと、逃げたくないって思っています」