「杉戸洋展:えりとへり/ flyleaf and liner」が弘前れんが倉庫美術館(青森県弘前市)の開館5周年記念として開催されている。家などの建物、山や木々、あるいは雨粒も描く。具象なのだが、抽象画ととられてもそれは構わないと考えているのだろう。

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
弘前で生活するような体験をし、つくり上げた展覧会
杉戸の展覧会のタイトル「frame and refrain」(「枠組みと抑制」くらいの意味?)「こっぱとあまつぶ」「とんぼ と のりしろ」と来て、今回、「えり と へり / flyleaf and liner」だ。「flyleaf」と「liner」は本のページを捲るときにある「あそび紙」や洋服の「裏地」のことらしい。確かにあるのだけれど、意識して気に留めないと見過ごしたり、軽視してしまうもの。
そんなタイトルを受けて見ていくと、それぞれの作品に対する見方が変わる気もする。どの作品にも共通しているのは心躍る色彩だ。中にはこれも絵画なのだろうかと思うものもある。壁に掛けてあるから絵なのか。しかし立体作品のようなものもあるし、カンヴァスをくり抜いていたり、梱包用素材・緩衝材などを自由に使ったものも。

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
色と形で絵と相対する人の気持ちを掴む。そこに杉戸は長けている。形について、杉戸はこんなことを言っている。
「家を構造として見てみると、三角と四角の組み合わせでできている。
ただ三角と四角を組み合わせただけなのに、屋根のちょっとした出っ張りだとか、瓦だとか、細部をどこかちょっとずらすだけでも、全部を動かさなくてはならなくなってしまう。
こだわり出すと気になってしかたなくなるような、現実の世界ではできないことも、絵の中だったらできる。
絵とは、こうだったらいいのになという世界の図面のようなもの」

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
実は展示室は大きく2つのエリアに分かれていて、その一つは三角形の壁と四角形の空間が並ぶ部屋になっている。大きく俯瞰して見たとき空間そのものの形、そして入れ子のようになっているスペース、そしてそれに気がつく楽しみについて、美術館の館長である木村絵理子が杉戸に質問したところ、杉戸はこんなふうに答えている。
「家のイメージがいっぱいあります。世の中、三角形と四角形と円で見始めるとすべて成り立つ。自分の中では。それぐらいシンプルに考えないと余計なことが入ってきて整理できなくなってきます。その3つの図形のうち、円がちょっと苦手で、今、リンゴを作ったりして練習中ですが、まず、三角と四角の二つにする。さらにその三次元と二次元の行き来だけにしておかないと、それ以外の次元に行こうとすると戻ってこれなくなるというか、自分には危険だと分かっていて。平面にしていく、フラットにしていくっていう作業においては、技術の考えではつじつまが合わないことがたくさんあるので」


この展覧会では、杉戸がグラフィックデザイナーの服部一成にコラボレーターを要請した。服部はオリジナルの壁紙をつくり、その上に杉戸の絵を飾るなどの協力をして、展覧会を一層魅力的なものにしている。2人はあるグループ展に出品したアーティストだったり、服部はかつて、雑誌『流行通信』のアートディレクターを務めていたが、杉戸はその熱心な読者だったそうだ。服部は言う。
「杉戸さんは三角と四角の話をしていましたが、話はそんなに単純ではなく、さまざまな形とか、テクスチャーとか、色とか、あるいはサイズとかに関して培われた、なんて言うかな、センスとか感覚が杉戸さんの中にあって、その凄まじさを体験させてもらいました。本当に面白かった。杉戸さんはもちろん画家として絵を見せているんだけれども、この特徴的な広い空間の中で、この壁はこういう質感だから、ここにはこういうものがあるといいんじゃないかとか、こういう壁紙を貼るといいんじゃないかとか、そういうことを考えて考えて考えてこの1週間ぐらいでもう展示もどんどん変わっていきました」

まるで設営途中のようだが、手前は作業机をそのまま展示したインスタレーション《えりとへりのテーブル》。

右:杉戸洋《untitled》2017年 兼平彦太郎氏蔵
既製品の壁紙の上に杉戸のペインティングや服部の壁紙が。
弘前出身でこの建物が現在のような美術館になる前、工場や倉庫として使われ、しばらく空き家だったときに3回の展覧会をした奈良美智。杉戸が高校生のとき、美術大学の受験予備校で杉戸を指導したのが奈良だった。当日、会場を訪れていた奈良は杉戸をこう評している。
「杉戸さんは何を見るにしても、すごく俯瞰して見れる。つまり宇宙からものを見れるようなすごい感覚を持ってる。どれがどこと繋がってるとか、全部見えてる。図面だけでやる作業じゃなくて、その場所でまた発見したり、プラスアルファしたり。なかなかマイナスができなかったりもするとこもあるんだけど。本当、今回この建物に対する愛情が溢れてて。もう涙なしには見れないなと。まだ泣いてませんが。そういう観点で見てください」
この美術館も開館して5年が経ったけれど、弘前という土地に少しでも根付いて弘前で生活するような体験をした上で展覧会をつくったのは杉戸だけだろうと奈良は言う。どんな場所(美術館)を与えられてもそこで自身の展覧会をつくるのがプロフェッショナルなアーティストだと認めながら、それでも奈良にとって特別な場所である弘前に、思い入れを込めて展覧会をつくった杉戸に対して喜びを隠せない。それは2006年に奈良が中心になってつくった展覧会「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」に参加して以来、杉戸が弘前に馴染んできた成果でもある。

右:シャギャーン(奈良美智+杉戸洋)《無題》2004年 杉戸洋氏蔵
以上、同時開催の「コレクション展2025-2026 北へ向かって」より

奈良と杉戸はこれまでいくつものコラボ作品を制作するほど親しい。今回、杉戸展と同時開催の「コレクション展2025-2026 北へ向かって」でも2人のコラボユニット「シャギャーン」(名前の由来はシャガール+ゴーギャンらしい)の作品が展示されている。

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
今回は服部というコラボレーターを得ての展覧会となった。さらに、杉戸がブラジルで展覧会をしたときに出会ったアーティスト、ゴクラ・シュトフェルも友情出品している。今回、ブラジルから駆けつけてくれた。

©Gokula STOFFEL

杉戸にコラボレーションについて聞いてみた。
「ずっと描いていくと、自分の作品のことだけ考えるんじゃなくて、どんなことも引き継ぎ、繋げていくのが大事だということが強く見えてくるものです。あの奈良さんの『A to Z』みたいな、あれが理想だったって今ではわかる。残念ながら自分はあんなふうに人を集める力はないけど、自分で何か繋ぐ橋渡しをしたかったんです。それで、ゴクラさんの作品も加えさせてもらったというのはあります。
話さなくても一発で通じる言語みたいなものがあって、そういうものに出会うとこちらの制作意欲も高まるというか。自分の展覧会だけど、何を見てるか、自分でもわからなくなりそうなとき、他人の作品が入ると、自分の絵を冷静に見られるような気がして。自分の何かが足りない気がして、それを入れさせてもらってるんです」

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

©Hiroshi Sugito, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
この美術館ならではの建物の特徴を活かした展示になっていること。コラボレーターとの巧みな連携の展示方法を尽くしたこと。一部は作家のアトリエにいるような臨場感のある展示があること。ここに来ると、展覧会っていいなぁ、絵を見るのっていいなぁという美術館の基本的な、あたりまえの喜びに触れられるのである。
冬の展覧会になってしまったけど、5月までやってるので、ぜひ。弘前の桜は素晴らしいということなのでその季節にまた行きたいなぁ。
そして「コレクション展2025-2026 北へ向かって」には、このたび寄贈された奈良美智の大型ペインティングと、所蔵されている北をテーマにした写真作品も展示されている。

同時開催の「コレクション展2025-2026 北へ向かって」より
「杉戸洋展:えりとへり / flyleaf and liner」
会期:2025年12月5日(金)〜2026年5月17日(日)
「コレクション展 2025-2026 北へ向かって」
会期:2025年12月5日(金)〜2026年5月17日(日)

