誰もやらなかったことを考えて、それをつくってしまう。こんな人はもう現れないだろうなと思える人がアーティストになるものだ。森村泰昌もそんな一人である。彼の40年の仕事を振り返る展覧会が2025年12月21日まで大阪で開催されている。

名画の登場人物、映画女優から林檎、ヒマワリまで
美術家の森村泰昌がセルフポートレート作品《肖像(ゴッホ)》を発表したのは1985年。今年は40周年にあたる。昭和に活躍した板画家の棟方志功は1920年代に「わだばゴッホになる」(津軽弁)と言って青森から上京し、やがて、サンパウロ・ビエンナーレやヴェネチア・ビエンナーレで賞を獲るわけだが、一方、森村は「わてもゴッホになる」(関西弁)と言ったかどうか知らないが、ゴッホになって、その後も他者に扮し、その姿を撮影する「自画像的作品」をつくり続けて40年というわけである。

原点とも言えるゴッホの自画像になった森村。
美術史上の名画の登場人物やときに林檎やヒマワリになったり、映画女優、歴史的偉人、有名人にもなった。時代や人種やジェンダーを軽々と飛び越えるのはもちろん、絵画という虚構と現実の区別もなく行き来し、彼の作品は成り立っている。
その始まりが1985年だった。なんと40年。関係ないが、ちなみに1985年生まれの女優はというと、松下奈緒、綾瀬はるか、蒼井優、上戸彩、満島ひかり、宮崎あおい、貫地谷しほり…。なんと錚々たる人々。

カンヴァスにピグメントプリント 29.5×24.0cm
「自画像的作品」の表現手法は写真に限らず、映像やパフォーマンス、執筆と多様である。現在、森村の作品を展示するミュージアムである「モリムラ@ミュージアム」(大阪・北加賀屋)でこのシリーズを振り返る展覧会「森村泰昌 活動40周年記念展 勝手にしやがれ」が開催中だ(12月21日まで)。ちなみに「自画像的作品」の40周年であって、森村の活動期間はもっと長い。
図録も発行されている。1985年から一年ごと、代表的な作品を1点と森村に起こった出来事や活動が記録されている。カラー印刷ではないので、それゆえかえって、記録集的なトーンになっている。

森村の活動はずっと追いかけてきたつもりだったが、僕が雑誌などの印刷物ではなく、最初に森村の作品を見たのは、1990年、東京都江東区あった「佐賀町エキジビット・スペース」での展覧会「美術史の娘」だったと思う。女性を描いた名画の中に森村は入り込んでいる。まさに、時間、ジェンダー、現実/絵画を全部飛び越えている。ゴヤの《裸のマハ》、ベラスケスの《白いドレスのマルガリータ王女》なども覚えているが、中でも名作はマネの《フォリー・ベルジェールのバー》だったと僕は思うのだが。
森村は京都市立芸術大学を卒業し、関西に本社をもつ大企業に就職するが3日で退職してしまい、その後は高校の非常勤講師をするなどして生活していた。この佐賀町での展覧会のために前年にはそれらの職を辞し、収入源がなくなったという。その頃のことをゴッホの人生に重ね合わせて、ある著作にこんなことを書いている。
「大阪でくらしていた私には、刺激的なできごとのすべては東京でしかおこらないと感じられ、東京に強いあこがれと夢と、そしてどこか忌避的な感情も持つようになっていった。
自分自身のあのころのささやかな体験を思い出しつつ、読書と信仰と絵画表現の間でさまよいながら、やがて画家になることを決意して、パリにのりこもうとするゴッホの姿を見ていると、なにか他人事(ひとごと)とは思えなくなってくる。」(森村泰昌『自画像のゆくえ』光文社新書 2019年)
なるほどそれでゴッホなのか。

この年は東京都現代美術館(1995年開館)で大規模個展を開催。

2013年の翌14年、森村はヨコハマトリエンナーレ2014「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」のアーティスティック・ディレクターを務めることになり、国内外を飛び回っていた。
森村の名作の一つ。プラド美術館の至宝、ベラスケスの《ラス・メニーナス(女官たち)》の登場人物になった作品を17点、発表した「森村泰昌展 ベラスケス頌:侍女たちは夜に甦る」(資生堂ギャラリー)。この展覧会はニューヨークとマドリードの有名ギャラリーでも開催。京都文化博物館でも展示した。

カンヴァスにピグメントプリント 29.5×33.1cm
展覧会の第1章が「森村泰昌セルフポートレート年代記」で、第2章は森村が自分好きな作品を4点〈My Favorite 4〉として選んでいる。

《駒場のマリリン(alone)》1994/2025
ピグメントプリント 100.0×100.0cm
そのNo.4が、東京大学駒場キャンパス900番講堂でのある授業中に突如、マリリン・モンローになった森村が登場する《駒場のマリリン》。大勢の学生の中での写真や映像もあるが、これは学生が去ったあと、撮影されたもの。

第2章〈My Favorite〉は大判プリントで発表。

映像の展示もある。
通常、絵は画家の視点、つまり描いた側が見たのと同じ視野で見る。しかもそれは絵として切り取られている。しかし、森村には描かれる側の世界も見えている。もちろん、描かれた場所や時代とは異なるアトリエの場所の中なのだが。森村の立ち位置に想いを馳せれば、我々は絵画の立体構造について考える機会も与えられる。
そんな、絵画とは何かという問いを携え、しかも世界史や美術史、ジェンダーなどの大きなテーマに常に示唆を与えてくれる森村作品。しかもユーモアの含みを忘れずにいる。そしてそういう活動を40年も続け、世界の現代アートの最前線で走り続けてきたことに敬意を表したい。40年は一つの区切りなのだろうが、この先の活動も楽しみである。
森村泰昌 活動40周年記念展 勝手にしやがれ
会場:モリムラ@ミュージアム(大阪府大阪市住之江区北加賀屋5-5-36 2F)
会期:〜2025 年 12 月 21 日(日)
開館日:金曜、土日・祝日
開館時間:12:00〜18:00 (入館は17:30まで)
2025年12月6日(土)には、現代美術作家のヤノベケンジがオークショニアになり、森村が鑑定士を務める「ケンジとやすぼん おもしろ!? オークション&パーティー」がクリエイティブセンター大阪(名村造船所大阪工場跡地)2階で開催される。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

