2025年、オリックス・若月健矢は攻守に進化を遂げ、不動の正捕手としてチームを支えた。ゴールデン・グラブ賞にも輝き、名実ともにリーグ屈指の捕手へ。その裏側には、高校時代から貫いてきた努力と成長の積み重ねがある。逸材とは言われなかった1年生時代から、ドラフト候補へと評価を覆していった軌跡を振り返る。

開幕から不動の正捕手へ。攻守で示した存在感
プロ野球の世界でレギュラー定着に最も時間がかかると言われているポジションが、キャッチャーである。アマチュア時代と比べてバッテリーを組む投手が一気に増え、対戦する選手のデータも膨大になることから苦労する選手も多い。
そのなかで2025年、攻守ともに大きな成長を見せたのが若月健矢(オリックス)だ。森友哉が怪我で出遅れた影響もあって、開幕から不動の正捕手に定着。惜しくも規定打席には到達しなかったものの、キャリアハイとなる121試合の出場で100安打をマーク。守備面でも大きく貢献し、2度目となるゴールデン・グラブ賞にも輝いた。
ちなみに途中出場も含めて、捕手として118試合の出場は12球団でトップの数字である(残る3試合は1試合が指名打者、2試合が代打のみでの出場)。
花咲徳栄で掴んだ、強肩強打の原点
そんな若月は埼玉県の出身で、高校は地元の強豪である花咲徳栄に進学し、1年秋には正捕手に定着。初めてプレーを見たのは2011年9月24日に行われた秋季埼玉県大会の対大宮西戦だった。
この試合で当時1年生だった若月は6番、キャッチャーで先発出場。試合は3回に2点を先制される苦しい展開で、7回にようやく追いつくと、延長10回の末に3対2でサヨナラ勝ちを収めている。若月はイニング間のセカンド送球でも目立ったタイムは残っておらず、打撃も9回の第4打席にセンター前ヒットを放っているが、そこまで目立つものはなかった。
当時のノートにも「捕手らしい雰囲気はあるが、スローイングの動きはまだまだ。打撃も体が細く、力強さが物足りない」というメモしか残っていない。この時点では正直、高校からプロに進むような選手という印象は残らなかった。
ようやくドラフト候補として若月を認識するようになったのはその1年後だ。
2年秋に出場した関東大会では4試合で2本のホームランを放つ活躍を見せてチームの準優勝に大きく貢献。3年春に出場した選抜高校野球でもチームは初戦で県岐阜商に敗れたものの、4回の第2打席にはレフトスタンドへ運ぶホームランを放って見せたのだ。
当時のノートには以下のようなメモが残っている。
「見るたびに体つきが大きくなり、打席での雰囲気も十分。少しタイミングをとる動きにせわしないところはあるが、バットの無駄な動きは小さく、振り出しの鋭さも目立つ。
左中間へのホームランは打った瞬間にわかる当たり。守備もスローイングの動きにスピードが出て、キャッチングも丁寧さが出てきた。
(中略)
打てる捕手として高校生では上位」
この甲子園での活躍もあって、若月の名前は全国にも轟くようになった。その評価を不動のものとしたのが、2013年5月19日に行われた春季関東大会の桐光学園戦だ。
相手のエースは2年夏の甲子園で1試合最多記録となる22奪三振をマークした松井裕樹(現・パドレス)ということもあって、この日の会場となった宇都宮清原球場には早朝から長蛇の列ができていたのをよく覚えている。
若月はそんな松井を相手に第1打席でレフト前ヒット、第2打席でもレフトオーバーのツーベースを放つなど2安打の活躍。守備でもたびたび素早い送球を見せたのだ。チームは延長12回の末に3対4で敗れたものの、視察に訪れていたプロのスカウト陣に強烈な印象を残したことは間違いないだろう。
当時のノートにも若月のプレーが記されている。
「地肩の強さだけでなく、スローイングのフォームも安定しており、伸びるセカンド送球は見事。楽に投げて1.9秒前後を連発(この日の最速は1.89秒)。ミットをしっかり止められるキャッチング技術も高い。
(中略)
打撃も松井のチェンジアップを見せられた後に140キロ台のストレートを一振りで合わせてとらえられる。少し独特なトップの作り方だが、動きに無駄がないので緩急にも対応できる。
下半身が安定しており、スイングのぶれがなく、ストレート、変化球の両方をとらえられるのは見事。まさに強肩強打」
この後に行われた夏の埼玉大会では準々決勝で敗れて春夏連続の甲子園出場は逃したが、高校日本代表にも選ばれて正捕手としてU18ワールドカップの準優勝に貢献。その年のドラフト3位でオリックスに入団した。
12年目の飛躍。リーグを代表する捕手へ
プロでは他の捕手との併用もあって12年間で規定打席には到達したことはないが、冒頭でも触れたように2025年はあらゆる面でキャリアハイの成績を残しており、名実ともにリーグを代表する捕手となった印象を受ける。
2026年3月に行われるワールド・ベースボール・クラシックでも侍ジャパンのメンバーに選ばれる可能性も高いだけに、国際大会で経験を積み、来年以降はさらに進化した姿を見せてくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

