社員たった3人のスポーツエージェンシーが、大谷翔平を擁するロサンゼルス・ドジャース、MLB(メジャーリーグベースボール)というアメリカスポーツ界の「巨人」を相手取り、日本企業とのパートナーシップ契約を締結させてきた。2018年創設のAll-Gripの代表取締役を務める金子真育は元TBSテレビ・スポーツ局のディレクター。30歳でスポーツビジネスの世界に飛び込み、荒波にもまれながら学び、大きな成果を挙げてきた。いかにして日本管材センターとドジャースを結びつけたのか。インタビュー後編。

タイミングを逃さないスピード感
2023年秋、米大リーグのロサンゼルス・エンジェルスからFA(フリーエージェント)となった大谷翔平の移籍先としてロサンゼルス・ドジャースの名前が挙がり始めた。その頃、金子は日本管材センターの関根章人代表取締役社長にある提案をしていた。
日本管材センターは管工機材、配管システムを扱う専門商社。金子は友人から関根を紹介してもらい、関係を築いていた。その縁で、All-Gripが交渉・調整に関わる形で、日本管材センターは女子プロゴルファーの植手桃子、吉澤柚月らのスポンサードが実現した。
関根は大の野球ファンで、メジャーリーグ観戦のために何度も渡米してきた。その野球愛はビジネスにもつながり、日本管材センターは2016年シーズンから埼玉西武ライオンズのオフィシャルスポンサーを務めている。そうした背景を踏まえ、金子はドジャースの話を提案した。
日本管材センターは2026年度に創業60周年を迎える。
「60周年プロジェクトとしてドジャースと契約するのはいかがでしょうか。大谷選手が入団するので、このタイミングで契約がいいと思います。人材採用面での効果と社員のモチベーションアップが期待できます」
実際、ドジャースとの契約で会社の知名度が一気に高まり、2026年4月入社の採用に関してはエントリー総数が100倍に膨らんだ。総務部がさばき切れないほどの応募数だった。さらに言えば、社員のロイヤリティが高まり、離職率も下がった。
金子はドジャースのセールスチームとの交渉に臨んだ。その席で、選手でいう「身体検査」を受けた。「君の今までのキャリアと実績は?」「なんでこのビジネスをしているのか?」投げかけられたのは、ビジネスの根幹に迫る問いだった。彼らは金子が信頼できる人物かどうか、その一点を見極めようとしていた。
金子はTBSテレビのディレクターとして米ゴルフのマスターズ・トーナメントの中継に携わったこと、独立後のスポーツエージェンシーとしてのビジネス、大正製薬と松山英樹のスポンサーシップ契約を実現させたなどの実績、そして自身もゴルフに情熱を注いできたことを伝えた。
ドジャースは金子を信頼した。決め手となったのは金子自身のスポーツへの愛と情熱だった。「面白いね。大正製薬と松山英樹のスポンサーシップもまとめたのか。いいじゃないか」。ドジャースのセールス担当が目を光らせた。

プロフェッショナルであれば、会社はちっぽけでもいい
このミーティングを通して、金子はドジャースの本質の一端をつかんだ。世界を代表するスポーツチームとして「王国」を築いているドジャースが、ちっぽけなスポーツエージェンシーであるAll-Gripの金子を信用したのはなぜか。
「ドジャースは相手を所属している組織で見ていない。人として見ている。『君の会社の社員は何人?』という質問もあったけれど、そんなことは気にしていなかった。交渉は組織対組織ではなく、人対人ということだと思う」
相手が大企業に所属しているかどうか、大企業の名刺を持っているかどうかが重要なのではないということだろう。ドジャースは金子という人間を認めたのだ。
「All-Gripは社員がたった3人の会社だけれど、それでいいと思った。スモールでいい。プロフェッショナル・スモールカンパニーであればいい」
金子はそう確信し、自信を抱いた。
と同時に、こうも感じ取った。
「ドジャースは大企業だけれど、人の力と情熱で回っている。組織力、優れた仕組みだけで回っているわけではない。結局、スポーツビジネスは人とパッションで回っている。アメリカでのほうが勝負できるかもしれない」
関根の意向を何度も確認しながら、金子は2023年のクリスマス休暇前にドジャースとの交渉を急ピッチで進めた。そしてついに2024年1月、日本管材センターとドジャースが3年契約(2025年5月、2029年まで延長)の合意に達した。

All-Grip代表取締役。1987年神奈川県生まれ。慶應義塾大学ゴルフ部主将を務め、卒業後TBSテレビに入社。ゴルフ中継などを担当。2018年にスポーツエージェンシーのAll-Gripを設立した。
ハードワーカー
2024年シーズンの開幕からドジャースタジアムの内外野のLED看板に日本管材センターのロゴが掲出された。この年、ドジャースは大谷翔平、山本由伸を迎え入れ、4年ぶり8度目のワールドシリーズ制覇を果たした。
金子は日本管材センターとドジャースをつなぐ交渉を通じ、アメリカのスポーツビジネスのダイナミズムを味わい、自身の存在価値を再認識した。
「All-Gripがなければ出会うことがなかった二者をつなげるのが僕の仕事です」
金子は2025年2月、今度はセブンイレブン・ジャパンとMLB(メジャーリーグベースボール)をつなぎ、3年間のパートナーシップ契約という実績を残した。
セブンイレブンはこの夏、全国の店舗でMLBのIPを活用し、ワールドシリーズのチケットなど豪華賞品が当たる「メジャー級グルメ」フェアを展開した。
「All-Gripの仕事はクライアントである企業のために、ドジャースやMLBといったライツホルダーから権利を獲得して終わりではない。企業と並走し、その権利をいかに活用して、様々なアクティベーションを実行し最大の効果を挙げるかを提案し、スピード感をもって、実行していく」
もちろん、それは激務になる。丁寧なコミュニケーションが必要になる。1日、24時間では足りないくらいだ、という。
アメリカのスポーツビジネス界で金子の名が知られるようになってきた。8月、金子はワールドベースボールクラシック(WBC)のジム・スモール会長からうれしい話を聞かされた。
「MLBの連中はこう言っているよ。マイクはハードワーカーで、ナイスガイだって」
それは、ありがたい褒め言葉だった。

