PERSON

2025.11.01

元TBSディレクターの起業家がなぜ、ドジャースやMLBとのビジネスを実現できているのか

社員たった3人のスポーツエージェンシーが、大谷翔平を擁するロサンゼルス・ドジャース、MLB(メジャーリーグベースボール)というアメリカスポーツ界の「巨人」を相手取り、順に日本管材センター、セブン-イレブン・ジャパンとのパートナーシップ契約を締結させてきた。2018年創設のAll-Gripの代表取締役を務める金子真育は元TBSテレビ・スポーツ局のディレクター。30歳でスポーツビジネスの世界に飛び込んだ金子は、荒波にもまれながら何を学び、いかにこれほど大きな成果を挙げるまでになったのか。その序章は――。インタビュー前編。

元TBSテレビ・スポーツ局ディレクターからの転身

小さい頃からサッカーをしていたが、父の勧めで中学1年からゴルフを始めた。「高校進学を目指して受験勉強をするには、練習時間を自分の都合で決めることができる個人競技のほうがいい」という判断だった。

こじつけになるかもしれないが、この決断が金子真育の後の人生に大きく関わってくる。ここでゴルフを始めていなければ、スポーツビジネスの世界に身を置くことがなかったかもしれない。

慶應義塾大学の体育会ゴルフ部では主将を務めた。プロゴルファーになりたいと、あこがれた時期もある。だが、大学の大会で同年代の池田勇太(東北福祉大学)、小平智(日本大学)らのプレーを間近で見て、レベルの違いを思い知らされた。「自分にはプロは無理だと感じて、気持ちよくあきらめることができた」という。

しかし、「できる限り、ゴルフと近いところで仕事がしたい」と考えた。その願いをかなえ、2010年、ゴルフの世界最高峰の夢舞台、米マスターズ・トーナメントを長きにわたって放送しているTBSテレビに入社した。採用面接では「マスターズ中継の仕事に携わりたい」と訴え続けた。

願いどおり、スポーツ局中継制作部に配属になった。マスターズの中継には4度携わり、ゴルフの聖地「オーガスタ・ナショナルゴルフクラブ」(ジョージア州)に足を運んだ。しかし、メディアセンターで放送の実況者、解説者らに指示を出す放送席でのディレクター業務だったため、最初の3年は試合中コースに踏み入る機会がなかった。

4年目にプロデューサーの粋な計らいで、その機会を得た。この仕事を終えると営業局スポット営業部へ異動になることが決まっていた。プロデューサーが「きょうは仕事をしなくていいから、松山英樹に付いて18ホールを回ってこい」と言ってくれた。ちょうど、松山が上位争いをしている年だった。

金子は、この日プレーを見届けた松山と、2021年に大きなビジネスで関わることになる。同じ年、松山はマスターズ・トーナメント優勝という偉業を成し遂げもする。

2016年からの2年間は、営業局で勤務し、テレビ広告のセールスを担当した。その間の2017年に起業を考え始めている。「営業の仕事が嫌だったわけではなく、それも楽しかった。(テレビ)広告ビジネスの仕組みや流れを学ぶこともできた」という。

「でも、スポーツビジネスにどうしても携わりたい。できればゴルフに関わる仕事がしたいという思いが募ってきたんです」。そんなとき、取材で親交を深めていたゴルファーの勝みなみから相談を受けた。

勝はプロに転向するに際し、マネジメント会社を探していた。そこで金子は決断する。TBSテレビを退社し、2018年8月にAll-Gripを設立。勝と契約し、プロゴルファーのマネジメントビジネスをスタートした。

スポーツ局でゴルフトーナメントに関わったとはいえ、それは視聴者に大会を伝える側であり、ゴルフ界の内側に立ったわけではない。

「ビジネスの全容を理解していなかったので、手探りのスタートでした」

そういう中で一年を通して、勝のマネージャーとして日本全国で行われる38試合を回り、海外トーナメントにも同行した。

企業に寄り添うスポーツエージェンシーへの事業転換

2020年12月、勝が新たな体制を整えたのを機に金子は新たなステージへとビジネスを進化・変化させることになった。

「いままでは、お金が投じられるところ、つまりスポーツビジネスの川下(ライツホルダー側)で仕事をしてきた」

選手側に立ち、いかに企業からスポンサー料を投じてもらうかという仕事だった。

「それとは逆に、ビジネスの川上(スポンサー企業側)で仕事をしてみよう。スポーツに投資したい、応援したいと考えるスポンサー企業側に立ち、選手、チーム、スポーツ組織との架け橋になれるような事業を始めよう」

マネジメント会社からスポーツエージェンシーへと会社の事業内容を一新する転機となった。

「契約に介在し対価(コミッション)をいただく意味を常に考えるようにしている。All-Gripがいたからスムーズに事が運んだと思われ、付加価値を創造しなければ存在価値がない。重要なのは燃え上がるような情熱と圧倒的なスピード。これがなかったらスタートアップは生きていけない」

人とのご縁とタイミングが重要

「人とのご縁とタイミング。それで、いい仕事と巡り会えている」。金子真育はそう感じている。縁だけではない。タイミングも重要になってくる。

大学ゴルフ部OBの集まりで大正製薬との縁ができた。その会では自己紹介をするにとどめたが、後日、時間をもらい、じっくり担当者とビジネスの話をした。

「TBSテレビ時代にゴルフツアーの取材を通して、松山選手と信頼関係を積み重ねてきました。彼のスポンサーの枠が空くかもしれないという情報があります。いまなら松山選手にパートナーシップを提案できるかもしれません」

松山が学生時代から大正製薬のリポビタンDを愛飲していることをを知っていた。

「B2Cの企業とパートナーシップ契約を結ぶには、何より選手がその会社の商品が好きであり、説得力を伴うリアルなストーリーがポイントになる」と金子はいう。松山のリポビタンDへの愛を伝えると、大正製薬は「ゴルフのトップアイコンである松山選手が、弊社の商品が好きならピッタリじゃないか。でも、本当に可能なのかい? もし、できるなら、話を進めてみてくれないか」と応じた。

「リポビタンDへの愛が決め手になる」という金子の読み通り、松山サイドとの交渉は無事合意に至り、2021年10月、大正製薬と松山のパートナーシップ契約がスタートした。

契約交渉を進めている間の2021年4月、松山は米マスターズ・トーナメント制覇という日本人(アジア人)初の偉業を達成している。そして、この契約締結後、ウェアの左そでに「リポビタン」のロゴを入れた松山は初戦である10月のZOZO チャンピオンシップを制し、このパートナーシップは最高のスタートを切った。

⾦子真育/Mike Kaneko
All-Grip代表取締役。1987年神奈川県生まれ。慶應義塾大学ゴルフ部主将を務め、卒業後TBSテレビに入社。ゴルフ中継などを担当。2018年にスポーツエージェンシーのAll-Gripを設立した。

熱を冷まさず届ける、小さなエージェンシーの力

大正製薬との話を進めるに当たり、金子は大正製薬に複数の大手広告代理店から相見積もりを取ってもらっていた。各社の提示額には一定の幅があり、スタートアップならではの身軽さも反映された金子の提案について、「妥当な水準だ」との評価を受けた。金子はこの件を含め、常に取引の透明性を重視している。

「大手広告代理店は部署や役割が細かく分かれ、窓口となる担当者の後ろには決裁権を持つ上司や、さらに予算を動かす責任者も控えています。組織としての強みがある反面、こうした多層的な構造では情報伝達に時間がかかり、企業の熱意や細かいニュアンスが薄れてしまう“伝言ゲーム”のような状態が生じやすいのだと思います」と金子は話す。

だからこそ金子は、企業の想いを直接選手に届け、選手の言葉をそのまま企業に返す――双方の熱量をダイレクトにやり取りできる環境を大切にしている。大きな契約をまとめる際にも、その距離感の近さが信頼につながった。

All-Gripは社員3人の少数精鋭のスポーツエージェンシーであり、交渉は金子1人が担当し、間に人を挟まず、決断も1人で下す。

「企業とも選手とも私が直接、自分の言葉で話すようにしている。松山選手に大正製薬さんの熱量を冷まさず、それを直接、伝えることができたのが大きかった。All-Gripが目指すのは、企業とスポーツをつなぐ『コミュニケーション・コネクター』です」

大正製薬と松山の大型契約によって、金子はスポーツビジネスの世界で信頼を勝ち取り、国際的なスポーツビジネスの世界にチャレンジすることになる。

※後編に続く

TEXT=吉田誠一

PHOTOGRAPH=筒井義昭

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