「町田が東京で最も迫力があり、名前の知られた町になるよう、J1でも頑張ります。応援よろしくお願いします」
2023年11月18日、FC町田ゼルビアのJ2初優勝・J1昇格を記念するパレードが町田市内で開催され、黒田剛監督が沿道に集まった8000人(主催者発表)のファンや市民に、こう語った。
2023年Jリーグが誕生してちょうど30周年。記念すべき年に黒田剛という監督は最高の結果を残した。その結果の秘密には独自の言語化だけではなく「思想家」としてのマネジメント術があった。選手の感情・思考を見て、効果的なアプローチを続けたその手法を初めて明かす。黒田剛監督への独占インタビュー全3回の2回目。【#1】
タイミングの悪い説明は単なる自己満足!
ー太田宏介選手をはじめ、多くの選手が他の監督との違いについて、監督の「言語化」能力と言いました。ご自身はどのようにお考えでしょうか。
黒田 話す人と聞きたい人のタイミングが合っている。そして相手が聞きたい内容と話をする人の内容が合っている。さらに聞きやすさも含めて、上手く話す人というのはタイミングと内容のポイントをしっかり押さえていると思います。大事なのは自分が何を喋りたいかではなく、相手が何を聞きたいか、どのように聞きたいか、どんなメッセージが響くか、そしてタイミングを逃さないことです。そうすると、積極的に聞いてもらえるのです。
選手の1つの質問に答えて要点だけをパッと喋ったから、自分の説明責任を果たしたという監督がよくいると思います。要するに選手の心がスポンジ状態で何でも吸収できる状態になっていないのに、一方的に自分の言葉だけを発して良いことを言ったように満足している指導者のことです。こういった監督では誰もついてこないと思います。
タイミングを見誤って説明するのは単なる自己満足です。相手あっての話しなので、自分だったらこう聞きたい、これが理解しやすいだろうという事を整理してタイミングよく伝えていくのです。そして響きやすい言語を即座に選択して伝えることが大切だと感じています。自分のなかでは特に難しいことではなくスタンダードになっていて、教師の頃から普通にやっているような事が多いのですが(笑)。
「哲学者」ではなく「思想家」に近い
――メディアではよく「黒田哲学」という言葉が使われています。シーズンを終えて、ご自身の目指すサッカー哲学で実際にうまくいったと思われるのはどの点でしょうか。
黒田 サッカーは基本的にはうまくいかない競技だと思っているので、分かりやすくいうと「黒田」という監督がイメージしている哲学などはないのです。自分の描いたイメージにチームや選手達を当てはめようと考えること自体が私の哲学にはないのです。どちらかというと「哲学者」というよりは「思想家」に近い感じなんだと思います。
ー「監督」ではなく「思想家」!? もう少し詳しく教えてください。
黒田 チームや組織というものは日々姿や表情を変え、良くも悪くも少しずつ変化していくものです。昨日良かったから今日が良いわけでもなく、また今日良かったから明日も良い訳でもない。また試合も良い結果もあれば悪い結果もあります。今シーズンも第1節から42節まで同じ状況で迎えられている試合なんてひとつもないわけです。
当然、選手達に掛ける言葉も、示す資料も毎回変化させていかなければなりません。よって監督として大切だと思うことは、「変化に敏感であること」「即座に対策を講じられること」「常に現状を上回れるようイメージできること」そんなことではないでしょうか。
試合も必ず相手がいるし順位の変動もある、勝ち点差もある、得失点の差もある。追い上げるチームと迎え撃つチーム、いろんな立ち位置やモチベーションがあり、それらが毎回変わります。選手たちにかける言葉も毎回違って当たり前です。
彼らがどう感じて、どう取り組んでいるかを日々凄く観察するんですね。観察をして自分からアプローチを変えていく。だから黒田がこう言っていたからこう動くというような枠を決めるわけではなくて、彼らの状況や周りの状態を見ながら自分の匙加減を細かく変化させていかなければならないのです。
実際のマネジメントとはそういう事だと思います。押してもダメなら引いてみるではないですが、選手が熱い時に熱い言葉、ぬるい時に冷めた言葉を伝えても全く響かないと思います。 選手達の状況、コンディション、彼らが不安なのか、すごく自信を持っている状況なのか、慢心なのか、安心なのか、局面において移り変わる感情や思考に対して、こういうアプローチをしたら彼らが一番腑に落ちるのか、また頑張れるのかということを踏まえて、毎回伝え方の手法を変えています。
これこそがマネジメントの根本だと私は思っています。
ーなるほど。だからこその思想家なんですね。黒田流マネジメントの本質を見ました。
黒田 思想家は世の中の流れとか背景、状況に適した何か思い描いた事を形に残したりしていますよね。どちらかというとそういった感覚に近いですね。
※続く