「始まる前は、高校の監督が通用するのかと色々言われていましたが、今では『黒田マジック』とまで言われています」。サイバーエージェント代表であり、FC町田ゼルビアの代表取締役兼CEO藤田晋氏の言葉だ。チームは現在単独首位(2023年7月28日現在、勝点54・得点43・失点20)であり、藤田氏の言葉の通り、高校サッカーひと筋だった53歳の「新人監督」の挑戦はマジックの名にふさわしい結果を生み出している。前回、多方面から大好評を得た黒田剛監督インタビューの第2弾、1回目。過去の人気インタビューはコチラ。
FC町田ゼルビア黒田剛監督流「常勝組織のつくり方」
――試合で負けた時のチームマネジメントについて教えてください。
黒田 開幕前のキャンプからずっと言い続けているのですが、勝ち続けるというのは無理で負けることも引き分けることも必ずあります。しかも何度もあります。その中で意識すべきことは、できるだけ連敗はしないことです。負けた原因や引き分けた原因をチーム全体でしっかり共有でき、繰り返し同じ失敗が起こらないよう徹底して詰める必要があります。そのためのベース作り(チームコンセプト)を1月のキャンプから細部に渡って浸透させています。
私はチームで共有しなければならない「コンセプト」や「チームの進むべき道」について選手の意識に深く浸透させるためにキャンプを通じて徹底して伝えてきました。そして、負けた時にはこのコンセプト(ベース)という原点に立ち返って、出来ていなかったことや失点の原因を洗い出します。すぐにベースに立ち返り、早期改善することができれば、再びチームとして同じ方向に歩いていけるのです。原理原則を含めたベースとなる部分をチームで何度も繰り返し共有していくことが重要なのです。大切なのは根拠を持って具体的に前進させていくということ。「成功の要因」も「失敗の原因」もすぐにチームとして明確に理解し合えることなんです。これは会社組織などでも同じようなことではないでしょうか。
大事なことは、勝った時にポジティブなアプローチでチームづくりをするのではなく、試合中に生じたあらゆる失敗因子や不安因子を抽出し、僅かでも負ける可能性のあった現象について、その原因を徹底追求していくことです。試合で幾度となく起こる失敗こそが「負けるチームの悪い習慣」であり、それをチーム全体で明確にしていくことで、同じ失敗を繰り返さないという「危機感溢れるチーム状態」に導いていくことが重要です。これこそが「負けない組織」の作り方の本質だと思っています。
今のゼルビアも、そんな「負ける」という危機感をいつもイメージできているからこそ連敗を逃れ、選手達もやるべきことを常に理解、徹底してくれているのだと思います。試合の失点に繋がってしまったあらゆる原因を自覚させ、全体で共有し改善に繋げています。選手自身にそのプレーの意図を皆んなの前で説明してもらうことも素晴らしい効果を生みます。
――選手の口から、失点の原因が語られているのですね。合宿から半年間での急成長を感じます。
黒田 昨年のチームは監督とコーチの言っていることが真逆だったり、メンバーが何に取り組めばいいのか、どの意見に従うべきなのかが明確ではなかったと聞いています。
昨シーズンは50点もの失点を重ねてしまっていました。今年のチームは両サイドバックもゴールキーパーもメンバー的には昨年とほぼ同じです。守備陣で変わったのはセンターバックのみ。失点は現時点(7/9現在)でリーグ最少失点の17。結果としてこれだけ大きな違いが現れるのです。これまでは選手達の共通理解も乏しく、チームとしてどのように守備をしたら良いかも曖昧で、組織の目指す方向性が一貫されてこなかったのです。明確なチームコンセプトが存在していないチーム組織の結末は「悲劇的」とも言えます。
今年は選手たちの目指す「方向」や「やるべきこと」を徹底して臨んだことが、これまでの成果に繋がっていると考えています。良かった点と悪かった点をすぐに明確にし、全員で共有できる。改善に至るまでのスピードが短縮できるのも、積み上げてきたチームコンセプトが明確に理解されていることが大きいと思います。
「チャレンジ」と「ギャンブル」の違い
――負けた原因の整理と改善のスピード化が重要なのですね。
黒田 その通りです。例えば徳島戦(1-2、第18節/2023年5月28日)では前半は1-0でリード、特に大きく崩されることはありませんでしたが、後半開始10分過ぎに一人が退場になり、全ての計算が狂いました。
これは明らかに自滅です。どうしようもない場合もありますが、この2枚のカード、どちらも回避できたイエローカードでした。選手がピッチからいなくなることは、サッカー選手としては一番ダメなことです。チームメイトに対し「裏切る振る舞い」「最悪な状態」であることを認識しなければなりません。個人的な感情はその後に解決すべきです。試合や勝利は一人のものではありません。仲間意識を常に感じてプレーしなければならないのです。
次に、自分の不用意なミスによってPKを与えてしまうような、個人で勝手に決着をつけてしまうプレーも仲間へのリスペクトに欠けています。勝つためのゲームプランから逸脱したプレーですし、やってはいけない判断を志向してしまう軽率な選手がいることは危険です。これでは「勝ち続ける組織」は作れません。ゲームでやるべきことは何なのか、またはやってはいけないことは何なのかを整理し、自分の中でしっかりと判断しながらチームに貢献していくことが重要なのです。これらをチームで確実に実践していくことが重要なのではないでしょうか。
――重要な「原理原則」ですね。
黒田 間違えてほしくないのは「チャレンジ」と「ギャンブル」の大きな違いです。「チャレンジ」というのは非常にポジティブなものであり、失敗しても成功してもその後には必ず得るものがあります。もし失敗した場合でも、チーム全体がその部分を理解し補ってくれるので、次のストーリーをイメージしやすく、またその後の「大きな可能性」に繋がるのです。ギャンブルとは周りとの共有に関係なく、勝手に自分の意思で一か八かの賭けに挑んでしまうことです。結果、周りは事前にリスクマネジメントできず、自滅。それを組織で補うための動力は何倍もかかるのです。たった1人の身勝手な思考や行動で、チームのやるべきことや勝つための方程式を一瞬で破壊してしまうのです。そんな状況では、周りは一切フォローできませんからね。
「ギャンブル」には「成功の根拠」がないんです。例えが悪いかもしれませんが、一般的に、パチンコで勝てる保証などありませんが、もし組織の1人が勝手にパチンコをして、その負けた分をチーム全体で「負担してほしい」となれば、他のメンバーは一切認めないでしょう。しかし、メンバーがお金を出し合って、一人に、これで「チャレンジしてきてほしい」となれば、負けたとしても誰もが笑って終わるでしょう。たとえこの二つが同じような行動であっても、これは全く「違う思考」の中に実践されたこととして、組織作りにおいて「格段の差」があることを理解させなければなりません。
――「チャレンジ」と「ギャンブル」、どのように見極めるのでしょうか?
黒田 「起こった現象」を見て判断する方法しかありません。それは、「プレーの確率」によると思います。そのプレーが「成功」した後に何が得られるか、「失敗」した後に何を失うのか。その確率論から考察すべきだと思います。チーム組織としては、失うものに深くアプローチすべきであって、「マイナス」は悲劇的状況と捉えるべきです。よって、日々のトレーニングからどれだけリアリティを持って向き合えるかどうかが重要なのです。リアリティを持つための訓練は監督やコーチだけでなく、選手が自分たちで常に思考し意識していくことなのです。
試合を想定した上で緊張感のある雰囲気を演出するかが大事。緊張感や悲劇感の背景には自分の大切なものや、守るべきものがあります。例えば「大切な家族」や「自分の生活・人生」などがあります。サッカーを職業としている以上、本気で守るものがあり、容易にギャンブルをすることも、許すこともできなくなるはずです。組織というものは常にそんな危機感を煽りながら成長させていくものだと思っています。 そんな意識でサッカーと向き合えば、軽率なプレーは出てこない。だからこそ、トレーニングからすべてを「自分の人生」に置き換えることが重要であり、練習だからといって安易にボールを失ったり、軽率なプレーが許されたり、そんな生ぬるい環境であれば、その人のクオリティは絶対に上がらないし、チャレンジとギャンブルを履き違えてプレーする習慣が抜けないでしょう。決して勝ち続けるチームにはならないのです。
勝ち続けるチームの条件の一つは「マイナス因子の排除」
――勝ち続けるチームの条件はなんでしょうか。
黒田 勝ち続ける条件は無限にあると思います。無限にあるなかで強いていえば、「負ける可能性のあるマイナス因子」をどれだけ整理や排除できるか、です。
こうすれば勝てるなんていう方法があれば誰もがやっていると思います。逆の発想として、確実に負ける原因となる「マイナス因子」をどれだけ整理して、排除していくかが大切です。そこが整理されてはじめて、勝ち続けるチームづくりを目指すことができるのです。長いリーグ戦の中で失点が計算できて、負けないことが計算できる。そうすれば、目指すべき勝ち点も見えてきます。取りこぼす試合を軽減し、拾える試合を増やすことにも繋がってきます。
清水エスパルス戦(2-1、第17節・5月21日)などもそうです。
――「負ける可能性のあるマイナス因子」を意識できていたから、清水戦では後半アディショナルタイム96分のチャン・ミンギュ選手の逆転ゴールが生まれたのでしょうか。
黒田 結果論としては、そうかもしれませんが、同点にされたのは、自分たちの完全なるミスです。失点後も、無理に勝ち急がない。チャレンジはするけれど、ギャンブルはしない、という約束に従ってゲームを進める。これらをチーム全員が意識することによって、生まれた得点だったといえるのかもしれません。最後はチームの結束力が重要になってきます。いくら優れた選手を揃えても、勝てないチームはここに大きな問題があるのだと思います。