黒田剛監督の話を伺っていて驚かされるのは、交流範囲・ネットワークの広さである。そこから得た学びや気づきは自身のチーム作りや若手の育成に活かされている。その中でも今回は布啓一郎さんや岡田武史さんについて伺った。布さんは市立船橋高校を全国高校サッカー選手権で4度の優勝に導いた名将で、後に初めて高校サッカーの監督からJクラブの監督となった。岡田さんは元サッカー日本代表監督であり、現在はサッカーチームFC今治運営会社「今治.夢スポーツ」代表取締役として、「地方創生×スポーツ」の最前線で辣腕をふるっている。黒田剛監督インタビューの第2弾、2回目。【#1】
名将 布啓一郎から学んだ「逆転の発想」
――高校サッカーの監督として多くの結果を出した黒田監督、勝つために必要なことが分かったきっかけはありましたか。
黒田 サッカーは勝負の世界ですから、勝つためにただ単に何か一つをやったから勝てるということではありません。青森山田高校で監督に就任してから約28年。もちろん結果が出ていない時期もありました。当時の私は「なぜ勝てないのか?」「全国優勝したチームと何が違うのか?」を考える一つの術として、全国行脚したことがあります。
名将と呼ばれる方々が拘っていたことはそれぞれ異なっていたため、勝つためには「これが正しい方法だ」「これをやったら勝てる」なんてものは一つもありませんでしたが、それよりも彼らがそれぞれのやり方を、自分の信念を貫き、とことん突き詰めていったことのほうが印象的でした。
――そのなかでも印象に残っている指導者は?
黒田 一人は市立船橋高校を率いて後にJクラブの監督となった布啓一郎さんです。そのサッカーは「堅守速攻」で有名で、誰が見てもボールを奪ってからのカウンター攻撃が非常に速く、その勢いや精度、スピードは他のどのチームよりも脅威的な印象がありました。
しかし、実はまったく逆の発想で、カウンターを受けないことに重点を置いて意識付けされていて、あのスタイルになったのだと聞きました。つまり、相手のカウンターを受けないことを徹底するために、相手にロングフィードをさせず、ハイプレスをかけ続けたゆえに、自分たちのショートカウンターに繋がっていたのだと。周りはハードな守備からショートカウンターにつながる部分だけを見ていたので「堅守速攻」という印象を持ったのですが、実はチームの狙いはその逆だったのです。これは目から鱗でした。
――そこから自身のスタイルの模索が始まった?
黒田 布さんに話を聞いた時に、自分の概念が完全に覆されたと感じました。同時に非常に大きなヒントとなりました。
とはいえ、そんな勝つための「教え」を学習したからといって最初からチームが勝っていたわけではなく、私自身も指導者として20年近く奮闘し経験してから、深く理解したこともたくさんあります。
「負けないチーム」のベース作りや、選手たちがどのような意識や姿勢で試合に臨んでいくことが有効なのか、といったことです。20年も監督をやってきてピンと来ないこともたくさんありましたし、何度か「今年は強い!」と自信を持って戦ったときでも3回戦程度で負けてしまったり…もうこれ以上勝つ手段が見つからない、と自信を失ったことは何度もありました。
2000年に全国選手権の3位、2009年に準優勝は一度ずつ経験しましたが、その後、2015年に再び3位となり、その後「常勝期」を迎えることになります。
2016年に全国高校サッカー選手権で初優勝を果たし、3回戦、優勝、準優勝、準優勝、優勝と、6年間で5度の決勝進出など毎年のように大きな成果を残すことができるようになりました。これを機に勝つためにやるべきことが何なのかが上手く整理され、今のような「勝負師」として細部に拘り、緻密な考え方になっていったのは、実はまだこの十数年くらいのことです。有難いことに私とって30年の指導者生活は学びの毎日でした。
――名監督から学び、黒田さんの何が変化していったのでしょうか。
黒田 勝つために行ったことが勝利に繋がるという発想から、負けない要素を増やしていくことに重点を置くという発想へ転換したのは、大きな変化でした。
ある程度のリスクを考慮しながら、失敗してもリスクが収まる範囲でチャレンジをする場合、成功した時には大きな成果を得ることができます。ビジネスという視点で考えても、成果や収穫が得られるチャレンジは大いに行うべきだと思います。ただ、リスクも組織全体で共有できる「チャレンジ」と、リスクを組織でカバーしきれない具体的根拠を持たない「ギャンブル」は全く違うものとして整理しておく必要があります。おそらくこの原理は、サッカーにおいても同じことが言えるはずです。
「負けないレベル」というのはスキル的に言えば平均的なレベルで、「勝つレベル」とは大きく掛け離れていると思っています。それが少しずつでも周囲を上回っていくと、ストロングポイントに変わり、さらに磨き上げると「スキル」が「武器」として確立していくのです。一方、ウィークポイントというのは、平均的な水準よりも下回っている要素がある場合で、それはストロングポイントの足かせとなり、克服せずに放置していくと勝負事で勝つことは難しくなるでしょう。
一般的なチーム組織では、悪くても平均的なレベルが必要であり、その中にいくつかのストロングポイントがある選手たちでチームを構成するのが理想です。全てがストロングな選手ばかりで構成されるのは「プロ組織」でなければ難しい面も多いと思いますが、悪くても平均的な水準を保つことが組織のベースにあることが重要です。
――相手チームの選手にスキルやフィジカルで勝てない場合も、試合に勝つ方法はあるのでしょうか?
黒田 基本的にそれはありません。競技スポーツにおいて「心技体」全てにおいて高みを目指してトレーニングしていかなければ、試合をする意味も価値もありません。心技体を高めないで試合をやろうということ自体に問題があります。どんな組織であろうと何か結果を得る、または何かで利益を得ようとするのであれば、最低限の準備はしなければなりませんし、最低限のスキルやフィジカル、知識や経験は必要不可欠です。
FC今治 岡田武史から学んだ「監督業の本質」
――他にも印象に残っている方を教えてください。
黒田 難しい質問ですが、印象に残っているのは日本代表やJクラブの監督をされ、現在はFC今治代表の岡田武史さんがいます。岡田さんはいつも本音で話して下さる方で、僕が最も尊敬する指導者の一人です。その岡田さんの言葉で印象に残っているものがあります。確か2010年の南アフリカ・ワールドカップが終わった後だったと思いますが、W杯での 監督業について話を聞く機会がありました。岡田さんは「監督業とは正解のない世界」「正解と信じて決断していくしかない!」「自分の勘を信じられるかどうかだ!」と熱く語ってくれたのが今でも私の心に残っています。
どの選手を起用したら勝てるかなんて保証は全くない。「自分の勘を信じる」しかないと。
様々な人の意見を聞きながらも、最終的には自分自身が信念をもって決断できることが重要だということです。第三者の意見を尊重しすぎて、その意見に基づいて選手を起用したとしてもそこには何も残らないのです。成功や失敗に関わらず、それは自分の判断を優先させなかった「後悔」と「無念」の時間と向き合うことになるのです。重要なのは、状況に応じていつも的確に判断できる自分を作ること。迷うことなく決断できる自分自身を、24時間365日の中でしっかりと構築し、「勘」を研ぎ澄ましていくことが大切だと思います。