現役引退後、五輪キャスターやCM出演など別フィールドの仕事を的確にこなす、内田篤人。生きづらい現代社会でも心のメーターを常時一定に活動を続けるメンタルの秘密を、新刊『ウチダメンタル 心の幹を太くする術』から抜粋、一部編集して紹介する。
岡田武史が考える指導者に求められる精神性
内田 岡田さんの前で言うのは恥ずかしいのですが、今回のお話は僕のメンタルの考え方についてまとめた本(『ウチダメンタル 心の幹を太くする術』)に収録させていただくものになります。岡田さんが現役のときはメンタルをどう捉えていたんですか?
岡田 俺らが現役のときはまだまだアマチュアで、根性論みたいなところがあった。例えば前日に酒を飲んで吐きながらでもやる根性があるか。それを言い訳にしないとか。
内田 すごいですね。
岡田 ちょっと変な方向に行っていたよね。でも、そういう時代だったんだよ。ただ、試合の日に「昨日ほとんど寝られなくて」とか言ってる選手はだいたいだめだったね。寝られなくても、それが普通なんだ、って割り切れる選手はメンタルが強い。そんなふうに思っていた。これは、仲のいい他のトップアスリートに聞いても一緒だったよ。
内田 そうなんですか。例えばどなたですか。
岡田 オリンピックでメダルを獲ったようなアスリートたち。柔道の山下泰裕とか、マラソンの瀬古利彦とかも、大舞台の前は寝たくても寝られないもんだ、そのなかでどう戦うかなんだ、って口を揃えて言っていたよね。
内田 岡田さんご自身は、「自分はメンタルが弱い」とおっしゃっていたのを記事で見たことがあるんですけど、それは本当ですか?
岡田 俺は神経質だったね。
内田 全然、そうは見えなかったです。
岡田 指導者になってからは肝が据わってきた。徐々にだけど。やっぱりそこは経験を積んだことは大きかったと思う。
内田 そういうことですか。僕も引退をして、サッカーを外から見るようになって指導者、特に監督はすごい不安を抱きながら仕事をしなきゃいけないんだなってわかってきたんです。現役のころはあまりわかっていなかった。
岡田 そうだね。答えがわからないことを決断する仕事だし、ましてやその決断が与える影響がものすごく大きい。ときには選手の人生にも関わってくるわけでしょう。そう考えると、適当には答えを出せない。考え込むほど苦しくなっていく。ウッチーもわかるようになってくれたか(笑)。
内田 いえ、まだまだです(笑)。では、上に行ける人・行けない人、そこにメンタルの違いってありますか。
岡田 間違いなくある。ひとつは大きな目標とか夢を持っているかどうか。日本代表になりたいとか、海外に行ってプレーしたいとか、ワールドカップに出たいとか、それがあるのとないのとでは、ものすごい違いになる。指導者は、自分が有名になりたい、勝ちたい、って「自分が主語」になるようではだめなんだけど、選手は自分が主語でなければ絶対にだめ。もうひとつは、考え方が常にポジティブであること。「俺はだめだ」って言っていると、本当にだめになっていく。格好だけのポジティブではいけないんだけど、心から苦しくても「今の俺にこれは必要なことだ」「これを乗り越えろということなんだ」って、チャレンジしている選手のほうが確実に伸びていくね。
内田 そうか。僕にそれがあったのかちょっとわからないですが、ポジティブという点では、長友さんとはよく対極のように見られていました。ポジションもそうでしたし。
岡田 本当に思っていることはわからないけど、ネガティブには考えないよな、長友は。そして身体が強かった。ウッチーは身体がしなやかで、痛みは我慢するタイプだったよな。長友はすぐ「痛い」って言ってた(笑)。
内田 でも長友さんは根性があるな、と思っています。どこに行ってもコミュニケーションがとれるし、なんだかんだでスタメンをとっちゃう。実は一番すごい人なんじゃないかって。
岡田 すごいよな。いいようにしか捉えないところも面白いよ。笑い話があって、代表の監督をやっていたとき、代表のマネージャーに用事があって電話したんだよ。そしたら長友と一緒にいるらしくて、マネージャーが「代わりますか?」って言うから話をしたら、開口一番「わざわざ僕のためにお電話くださってありがとうございます!」って言うから「お前のために電話したんじゃない」って答えてね。
内田 はははは。長友さんらしい。
岡田 悪気もないし、わざとそうしてるわけでもない。根っからそういうタイプで明るいやつだよな。
いい監督は好かれようと思ってはいけない
内田 でも、今の岡田さん、本当に印象が全然違います。さっきも言いましたけど、昔はピッチだけじゃなくてホテルでも、ずっと見られていて、何かを感づかれているって思っていました。今の岡田さんだったら良かったです(笑)。
岡田 みんなに言われるんだよ、それ。うち(今治)に駒野(友一)が来たときも「岡田さんってこんなに笑うんですね」って。俺はどちらかというと、浪花(なにわ)節でね、情が移るのが怖い。だから当時は、選手の前では一切お酒を飲まなかった。本当はいい人だって言われたいし、好かれたいというのが潜在的にあってね、そうやって防波堤を作ることで自分を保っていたんだよね。今の俺だったら、南アフリカワールドカップのときも「ウッチーを使っとけ!」とかね、「もういいよ!」ってなってしまう。そういう自分の弱さがはっきりとわかっていたから、必死になって線引きをしていた感じだよね。鬼にならなきゃだめだって。
内田 監督って本当に大変なんですね。メンバーを選ばなければいけない、それを伝えなければいけない。それだけでもきついのに、鬼にならなければいけない……。僕は指導者にも興味があるんですけど、まだ踏ん切りもつかない中途半端な状態なんです。岡田さんの話を聞いて、もっと勉強が必要だなと改めて感じました。ただ、何から始めるのか、そこも悩んでいます。
岡田 面白いね。ライセンスを取るための勉強、運動生理学とかバイオメカニクスは必要だし、やっておいたほうがいい。そこから先は経験だよ、やっぱり。本で勉強することよりまず、24時間サッカーのことを考える、人と議論をする。そうやって幅を広げていくことは大事だな。今、鬼にならなきゃいけない、って言ったけど、そう思う時点で嫌われたくないという思いが出てしまってる。この仕事は、ピッチに出した選手以外からは決して「いい監督だった」とは言われない。
内田 それはわかります。使ってくれる監督がいい監督で、そうじゃない監督は嫌いでした。
岡田 そう。みんなに好かれようというのは無理なんだ。ワールドカップには23人しか連れていけないし、11人しかピッチに送り出せない。そこで仕方がない、と腹をくくれるかどうか。そこで、肩を抱いて、頼むから我慢してくれ、と言うのではだめだよね。
内田 それは昔からそうだったんですか。
岡田 若いころはできなかった。でもそうやってみんなに好かれようとすると、足元を見られる。だから、日本代表の監督をやるとなったときは、チームが勝つためにどうするかだけで決めた。そうすれば、自分にも自信が生まれるし、外した選手にもはっきりと伝えられるじゃない。そして、例えば外した選手と1週間後にばったり会うことがあれば「おう!」って普通に挨拶をするんだ。だって、それは本当に勝つために私心なく実行したことだから、逃げも隠れもする必要がない。何も悪いことはしていない。そうやって決めるときは、私心をなくし、チームが勝つためだけを考えてやったかどうか、何回も自分に問いかける。
内田 すごい。でも、本当にどうすればいいか余計に悩みそうです(笑)。
岡田 俺はもうウッチーはジャニーズにでも入ってるのかと思っていたけど(笑)。それは冗談だけど、ウッチーとブラジルワールドカップ前に対談をさせてもらって、こんなに頭がいいのか、ってびっくりしたから、どんな世界でも生きていけるよ。もし本当に指導者に興味があって、情熱があるなら、苦労はするけどチャレンジするのは面白いはずだよ。
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TAKESHI OKADA
現在はFC今治運営会社「株式会社今治. 夢スポーツ」代表取締役会長。1997年よりサッカー日本代表の監督に就任。98年フランスワールドカップ、2010年南アフリカワールドカップを指揮した。クラブチームではコンサドーレ札幌、横浜F・マリノス(03、04年J 1 リーグ優勝)、中国の杭州緑城足球倶楽部の監督を歴任した。
ATSUTO UCHIDA
元プロサッカー選手。1988 年3月27日生まれ。静岡県田方郡函南町出身。清水東高等学校から鹿島アントラーズに加入。1年目の開幕戦から右サイドバックのレギュラーに定着し、Jリーグ3連覇を達成した。10代からサッカー日本代表にも選出される。2010年にドイツ・ブンデスリーガのシャルケ04へ移籍し、チャンピオンズリーグベスト4、ドイツカップ優勝など、数々の実績を残す。著書に『僕は自分が見たことしか信じない』『淡々黙々。』『2 ATSUTOUCHIDA FROM 29.06.2010 Photographs selected by 内田篤人』などがある。引退後は、JFA ロールモデルコーチを務める。また、『報道ステーション』水曜日のレギュラーキャスターや、SAPPOROやユニクロのCM出演、LIXILのSDGsアンバサダーなど、多方面で活躍中。
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