現役引退後、五輪キャスターやCM出演など別フィールドの仕事を的確にこなす、内田篤人。生きづらい現代社会でも心のメーターを常時一定に活動を続けるメンタルの秘密を、新刊『ウチダメンタル 心の幹を太くする術』から抜粋、一部編集して紹介する。
内田篤人が憧れる存在、中田英寿
内田はよく「話してみたい人はいませんか?」と聞いてくる。だから、内田にも「話したい人はいませんか?」と聞いてみたところ、「中田英寿さん!」と答えが返ってきた。プロサッカー界・欧州サッカー界に縁がある二人だが、接点がなく、会ったことがなかった。
「お会いしたことはないんですけど、中学生くらいのときから憧れの存在でした。本も買って、読んでいました。2002年のワールドカップがもうドンピシャの世代で背筋を伸ばしながら、全然倒れずにプレーをするヒデさんはすごかった」
昨年、現役を引退した内田は自身の将来について、明確なビジョンが定まっていないという。
「ドイツから日本に帰ってきて、『あ、全然日本のことを知らないな』と思いましたし、次の仕事に関しても、サッカーの仕事をするのが自然な流れなのかもしれませんが、どこかピタッとハマらない感じがあって、そのあたりもヒデさんに聞いてみたいと思います」
対談当日、東京・港区にある中田英寿のオフィスに足を踏み入れた内田篤人の顔は、どこか青ざめているように見えた。「ヤバい、やっぱり帰っていいですか?」。緊張のあまりに発した半分冗談・半分本気の発言だった。
世界をフィールドに戦ってきたふたりのメンタル統制メソッドとは?
内田 今日はここ数年で一番緊張しています。よろしくお願いします。
中田 こちらこそ、よろしくお願いします。
内田 中田さんには、ブラジルワールドカップを現地で見ていただいたと思いますが、僕のことはどんな選手だと思いますか?
中田 外から見ていても、監督からしても、一番計算できる選手だったんじゃないかな。パフォーマンスが上下するタイプの選手ではなかったですよね。
内田 (ジョゼ・)モウリーニョと同じこと言っています。チェルシーとやったときに「ウチダは試合を決定づけるようなプレーはしないけど、一番計算できて、チームに貢献する」と言っていて。いやぁうれしい。
さて、今回の主なテーマはメンタルです。僕はメンタルを強い・弱い、で考えたことがないんです。どちらかというと、上か下かで考えています。心の上下の振れ幅をなるべく一定にし続けたいと思っていました。いいときも悪いときも一定に、試合で勝ってもはしゃがない、試合に負けても落ち込みすぎないようにしていました。この感情の振れ幅が小さいほうがいい、と。そのあたり、中田さんは長年、メンタルをどう捉えてきたのかなというのをお聞きしたくて。
中田 例えば、やりたいことがうまくいったときの喜びとか、そういうのはある?
内田 表に出すものとは全然違います。表に出すものは、見せるようにしているというか。作るようにしています。みんなに見られる部分は上下動がないように。そして自分のなかでも抑えるように、みたいな感じです。
中田 僕は若いころは表ではあまり見せなかったかな。点を取っても、負けても。でも、悔しさを内側に抱えていることもずいぶんあった。感情の起伏はあるほうだと思うけれど、基本的に見せないようにしていた。
内田 なぜですか。
中田 見せると、いろんなところでいろんな捉え方をされてしまう、というのが大きかった。特にメディアに。ただ、例えばイタリアのセリエAでは、結果を出すだけではだめで、味方ともイタリア語でしっかりと話ができたり、戦っている姿を表現することを強く求められたから、その部分は変わっていったかな。
内田 そうなんですね。
中田 ただ、本当に思っていることを表に出さず、淡々としている感覚はウッチーに似ているかなと思う。僕は、誤解を恐れずにいうと、点を取るとか、勝つとか、優勝したいということより、自分がやりたいプレーに対するこだわりが強かった。誰も見つけられないようなコースのスルーパスを出すことなんかに、楽しさを見いだしていた。だから、周りからどう見られるかってあまり気にならなかったんですよね。
メンタルを鍛える“頭のトレーニング”
内田 どういうプレーをするとうれしかったんですか。
中田 誰も理解してくれないかもしれないけれど、何手も先を読んだうえでのスルーパスを出せた、という感覚。周りの状況を把握したうえで、その何秒後かの世界まで予測し切ったような。一番いいのは、針の穴を通すようなシュートのスピードで出せるスルーパス。トラップしやすいボールを出せ、ってよく言われるけれど、速いパスのほうが味方に時間がたくさんでき、パスが遅いと出せるポイントも限られてくる。あとは、それを味方がちゃんと見ていたらそこに届く、というところにちゃんと蹴れるか。味方がちゃんと感じてくれないと、抜けていってしまうんですけど。極端かもしれないけど、でも抜けてパスミスになるのはいいんです。
内田 良かった、チームメイトじゃなくて……(笑)。メンタルの話に戻りますが、イタリアはメディアだけではなく、当時はいろいろな面で激しかったですよね。
中田 メディアだけではなく、いろいろな面で激しかったですね。毎試合、ファンや警察官が亡くなってしまうこともよくありましたから。発煙筒とか催眠ガスとか、すごかった。ファンもメディアも厳しかったけれど、雰囲気を含めて世界のトップでしたね。
内田 大きな大会のときに、中田さんはどのように挑んでいましたか? 僕の場合は、普段通りにすることではあったのですが、ある程度の緊張はいいことだと思っていました。逆に緊張しないとだめなタイプで、「明日はドルトムントとのダービーだ、ソワソワするな」が一番いい状態で試合に入れたりしていました。変な話、ワクワクして寝れないときのほうがパフォーマンスが良かった。
中田 緊張をプラスにできる人と、緊張がマイナスになってしまう人がいると思う。僕の場合は、緊張がいいパフォーマンスを出しやすいこともあるけれど、マイナスに作用することも経験的に知っているから、試合前のロッカーでも淡々と本を読んでいた。そうしてピッチに入って、自分が意図したトラップやパスがひとつでもできると、そこから試合になじんでいく、というイメージ。
内田 日本ではメンタルというと、ここ(胸のあたり)だと解釈されています。
中田 メンタルはここ(頭を指さす)だよね。頭が強くないと。身体ではなくて、頭を鍛えるために僕は現役を退いてからも身体のトレーニングを続けています。トレーニングをやっていて、極端な話、身体がポキッと折れることはない。追い込んでいくと頭が「きつい」「危ない」と指令を出して、身体を止めるから。
だからトレーニングというのは頭を鍛えて意志の限界を引きのばしてあげることにあると思う。整理すると、「頭のトレーニングのための、身体のトレーニング」ということ。人間の意志というのも目に見えないから昨日よりも努力したか、成長したかどうかはわからないけれども、身体のトレーニングはやったかどうか、目に見えて結果が残る。でき上がった身体は極端にいえば頭のトレーニングの副産物。きついトレーニングを継続することで、頭が鍛えられ、結果、仕事で疲れたと思うこともないし、きついなと感じることもないです。身体のトレーニングが精神的にも一番きついから。
内田 他にも、ペン習字も続けていると聞きました。それもトレーニングなのですか?
中田 朝30分、毎日書いています。ずっと字がうまくなりたいと思っていて、2年前の元旦から始めました。日常で書くシーンって意外とあるし、ずっと残るものだから。実はこれも頭のトレーニングになる。「今日は面倒くさい!」と感じる脳を排除していくということです。
内田 すごい・・・・・・。
ーー対談の全容はもちろん、内田篤人さんの最新刊『ウチダメンタル 心の幹を太くする術』では、内田さんが実践し続けるメンタル統制メソッドを公開!
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