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2022.09.05

「後悔はまったくない」中島翔哉、トレーニング合流拒否騒動の真相と、家族

三好康児武藤嘉紀、中島翔哉、柴崎岳……。己の成長、その先にある目標を目指して挑戦し続けるフットボーラーたちに独占インタビュー。さらなる飛躍を誰もが期待してしまう彼らの思考に迫る。3人目は、その動向が気になるポルトガルのFCポルトに所属する中島翔哉。4回目。

ポルトガルのFCポルトに所属する中島翔哉。

サッカー選手であること以上に大切にしていること

小学生ながらスタッフ同士のミニゲームやボール回しに混ぜてもらい、大人が相手であろうとボールを奪えなければ涙を流して悔しがる。ボールを持てば股抜きを狙い、成功すればニコッと白い歯を覗かせる。

学校では授業中も足元にボールを置いて転がし、家ではボールを抱えて寝ることもあった――。

小学生時代から東京ヴェルディで育ってきた中島翔哉は、いかにもサッカー小僧というエピソードで溢れている。

そんな中島が今、サッカー選手であること以上に大切にしているのは、家族全員が幸せであることだ。

「自分にとって家族は一番大切で、すべてというか、何よりも一番優先します」

2017年8月、FC東京からポルトガルのポルティモネンセSCへの期限付き移籍が決まる直前に、学生時代に出会った女性と結婚した。’19年8月には第1子となる長女を授かった。

「妻と出会ってから相当変わったと思います。出会う前はもっとわがままで、学校でもいたずらばかり、文句ばかり言ってました(苦笑)。そんな僕に妻はアドバイスというか、届くように言ってくれて。少しずつ大人になってきた、のかな?」

中島はそう言ってとびきりの笑顔を見せる。

「妻と娘と一緒にいる時間が何よりの幸せですね。人間の体って、好きな人のことを思い浮かべると、状態が良くなるそうです。それに、私生活の状態って、プレーに出るんですよ。だから、妻と娘が日本に帰国している時期のプレーは、だいたいダメでした(苦笑)」

家族全員が幸せであることが、何よりも大事――。それが中島にとって最優先すべき価値観だから、未知なる病原体が蔓延した時期に迫られた決断の答えは、一択だった。

‘20年3月、世界は新型コロナウイルスの猛威に晒された。ヨーロッパの2019-20シーズンの各国リーグは開催の継続を断念し、ポルトガルリーグも6月3日に再開されるまで約3ヵ月間、中断した。

中島が当時所属していたFCポルトの再開初戦はアウェイのFCファマリカン戦。しかし、ピッチに中島の姿はなかった。当時の報道によると、5月中旬に体調を崩した夫人を看病するために、中島はチームの練習から離脱。自宅でトレーニングを積みながら、夫人に付き添っている、ということだった。果たして、実際には何があったのか。

「あの頃、コロナウイルス自体がどんなものか分からなかったし、罹った場合の特効薬もなかった。妻は喘息を持っているし、昔、肺炎で命が危険になったこともあって。コロナ禍の初期は肺炎になって亡くなる方もいたし、娘もまだ小さかったので。ただ、チームの活動が再開して1週間くらいは練習に行ったんですよ」

中島は「あまり悪い感じに書いてほしくないんですけど」と断ったうえで、話を続けた。

「ポルトも最初のうちはグループ分けをして練習していたんですけど、他のチームがまだ少人数でやっている時期に、ポルトはもう全員で練習するようになって。ロッカールームも一応、2部屋に分けていたけれど、ソーシャルディスタンスが取れているようには思えなかった。ちょうど妻が体調を崩していたので、もし僕がコロナに感染してしまったら、家族を危険に晒してしまう。妻や娘が苦しむ姿は見たくないですし、それなら大丈夫だと思えるようになってから行こうと思って」

中島がチームの全体練習を休み始めた頃、代理人を交えて強化部長やドクターとオンラインで話し合う場が持たれたが、納得のいく説明は得られなかった。

「ドクターは『99.9%大丈夫だ』と言ったんですけど、『自分の家族がコロナに罹ったとき、同じことが言えますか』と聞いたら黙ってしまったので、ちょっと信用できないなと思って。そうしたら実際、その後ポルトでクラスターが発生した。僕は練習場でひとりトレーニングを続けていたんですけど、フィジカルコーチが付き添ってくれて、彼にはすごく感謝しています。練習に参加しなかったことでチーム内での立場は下がってしまいましたけど、後悔はないです。そこから日本代表も外れるようになりましたけど、自分に実力があって、代表チームに必要とされれば、呼ばれるはずなので」

真剣な眼差しをした中島は、当時の心境と自身の信念を丁寧に説明した。

2022-23シーズン、中島はどこでプレーするのか?

翌20-21シーズン、ポルトでシーズンをスタートさせた中島は、’21年1月にUAEのアル・アインに加入したものの、実戦復帰まで8ヵ月を要する大怪我を負った。21-22シーズンは古巣であるポルティモネンセに再加入し、復活への足がかりを掴んだ。現在は所有元のポルトに戻っているが、新天地に旅立つのはほぼ間違いないだろう。ワールドカップイヤーとなる22-23シーズンは果たして、どこでプレーすることになるのか。

かつては「欧州のメガクラブでプレーして、欧州チャンピオンズリーグで優勝する」といった夢を抱いていたが、今は明確に思い描くリーグはない。

「強いて言うなら、子育てにいい国のリーグですね(笑)。治安はもちろん大事。今のところ、日本に帰るつもりはないです。子どもにとってはヨーロッパのほうがいいかなって。言葉を覚えられるし、広い視野を持てるようになるし、伸び伸び育ってくれそうなので」

8月23日には28歳となり、サッカー選手としては最も脂の乗った時期を迎える。プレーヤーとしてどんなことを追求していきたいのだろうか。

「サッカー選手としては、もうおじさんなので(苦笑)。毎年、年を取っていくので、頭が硬くならないようにしたいですね。固定観念を取っ払っていけるようにしたい。ピッチでは、1試合1試合ベストのパフォーマンスを出して、1日1日成長したい。難しいと思うんですけど、それはやりたいと思います。もっともっとサッカーがうまくなって、自分にしかできないようなプレーを常に出せるようになりたいですね」

東京ヴェルディジュニアに所属していた小学生の頃、中島はコーチからあるDVDをプレゼントされた。そのDVDに収められていたのは、ブラジルの至宝、ロナウジーニョのプレー集だった。

映像の中のロナウジーニョはボールを意のままにコントロールし、相手をあざむき、観客を大いに沸かせていた。そして何より、笑顔を絶やさず誰よりもサッカーを楽しんでいた。

いつか自分も、こんな選手になりたい――。

子どもの頃に思い描いた理想の姿を、中島はこれからも追い求めていくのだろう。

インタビューがひととおり終わって雑談していると、中島は思い出したように「あ、サッカーではないですけど、今の目標ならありますよ」と言って、こう続けた。

「妻も僕も娘もキンプリ(King & Prince)が好きなんです。一番好きなのが髙橋海人で、2番目が平野紫耀。妻と娘はライブに行っていて、僕だけ行けてない。だから、キンプリのライブに行ったり、キンプリのメンバーに会うことが今の目標です」

そうして中島は、このインタビュー中に何度か見せた、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

過去連載記事

Shoya Nakajima
1994年東京都生まれ。東京ヴェルディ、FC東京などを経て、2017年、海外に移籍。ポルトガル、カタール、UAEなどでプレー。2022年8月現在、ポルトガルのFCポルトに所属。U17をはじめ、各年代で代表に選ばれ、2018年A代表デビュー。森保一監督体制の初陣では、10番を託される。

三好康児の独占インタビューはこちら

武藤嘉紀の独占インタビューはこちら

TEXT=飯尾篤史

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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