PERSON

2023.10.04

野村克也「戦略と戦術を混同するな」

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」16回目。

野村克也連載第16回/戦略と戦術を混同してはならない

阪神・岡田監督は18年ぶり「A.R.E.」の悲願成就  

阪神の2023年シーズンのチームスローガン「A.R.E.(えーあーるいー)」。

「このスローガンには“個人・チームとして明確な目標(Aim!)に向かって、野球というスポーツや諸先輩方に対して敬いの気持ち(Respect)を持って取り組み、個々がさらにパワーアップ(Empower!)することで最高の結果を残していく”という想いが込められています」

(阪神タイガース公式サイトより)

実に18年ぶりとなるセ・リーグ優勝を成し遂げた阪神。その優勝の要因を3つ挙げる。

まず、大竹耕太郎(2023年は10勝2敗)、村上頌樹(2023年10勝5敗)という2022年0勝投手が、2023年9月14日の優勝日までに二人合わせて20勝を上積みしたことである(記録、成績は以下同日まで)。

次に、監督・岡田彰布の説く「四球もヒット1本と同じ」の意識革命で、4番・大山悠輔は打率.280、14本塁打67打点という平凡な数字ながら、四球88とリーグ最多。この考えがチームに浸透し、得点力が増した。

さらに、総入れ替えコンバートで内野陣を固定したことである。2022年はライト、三塁の併用だった佐藤輝明を三塁に固定。三塁・大山悠輔を一塁へ、遊撃・中野拓夢を二塁へ、遊撃には木浪聖也を持ってきた。2022年までの5年連続リーグワーストの失策数から大幅に減ったとはいえないが、内野陣は固定された好影響で落ち着きを見せた。

思えば2023年1月、落合博満は今季、気になる監督を聞かれ、4歳下の「岡田(彰布)監督」と即答している。

かつて同時期の2004年から監督に就任して、「竜虎の時代」を戦った。覇権を握ったのは2004年中日、2005年阪神、2006年中日。18年前の2005年9月7日(ナゴヤドーム)の首位攻防戦では、落合は「きょうは監督の差で負けた」の名言を残すなど、死闘を繰り広げた。それだけに岡田のブレない、一本筋の通った采配を認めていたわけだ。

岡田は、日本一を決めるまで優勝を「A.R.E.(アレ)」と言い換え初志貫徹、「優勝」という言葉を使わない。

3年連続V。臨機応変の「ナカジマジック」  

一方のオリックス・中嶋聡監督は「機を見るに敏」だ。

最下位、しかも2年連続最下位チームを率いてのリーグ3連覇は、プロ野球史上初という偉業である。

優勝の要因をこちらも3つ挙げよう。

まずは充実した投手陣。山本由伸、宮城大弥の左右のエースがWBCの影響で開幕に遅れるとなるや、高卒プロ3年目、2022年まで1軍未勝利の山下舜平大を「開幕投手」に大抜擢した。

普通では考えられない。この起用は「誰にでもチャンスはあるぞ」という方針をチームに誇示するメッセージにもなった。2023年9月20日の優勝決定日まで実に9勝3敗だ(記録、成績は以下同日まで)。

先発ローテーションには、山﨑福也や田嶋大樹が踏ん張るうちに、左右のエースが戻ってきた。しかも、2022年1勝だった育成出身のプロ6年目の東晃平も6勝をあげた。

次に吉田正尚(レンジャーズ)の抜けた大きな穴を、西武からFA移籍の森友哉と捕手から一塁にコンバートした頓宮裕真でカバーしたことだ。

そして、日替わりオーダーを採用したことである。好調な選手から使っていく。代表的な例は、育成ドラフト4位のプロ1年目、茶野篤政の1番打者での起用。

このリーグ3連覇で、すべての年にレギュラーだったのは宗佑磨、杉本裕太郎の2人しかいない。驚くべき新陳代謝だ。

大胆な選手起用の勝負手が成功する采配は、オリックスを1995年、1996年の連覇へと導いた仰木彬監督の系譜を継ぐ「マジック」と称される(仰木監督の的確な選手起用は球界内でも高い評価を生み「仰木マジック」と呼ばれた)。日替わりで、臨機応変な選手起用こそが、中嶋監督の方針であり、采配なのである。

戦う「方針」と戦う「方法」を混同してはならない

野村克也は言う。

「戦略と戦術を混同してはならない」

野村の話した「戦略」と「戦術」を説明するにあたり、2023年10月28日から始まる日本シリーズの阪神を例に予想してみた。

「日本シリーズはペナントレース同様、大竹と村上の先発2本柱を軸として戦っていく」と岡田監督がナインの前で語ったとする。これが「戦略」となる。つまり、38年ぶりの日本一を狙う阪神の根底にある「方針」である。

しかし、日本シリーズ第1戦、先発した大竹は1回5失点KOされたとしよう。

日本シリーズは最大7試合のうち、早く4勝したほうが日本一となる。登板間隔をしっかり空ける現代野球では、先発投手は最大2試合しか投げられない。

前回2005年の岡田・阪神の日本シリーズは、ロッテとの対戦で0勝4敗のストレート負けを喫している。今回も第4戦で終わってしまうなら、大竹に2度目の先発が回ってこない可能性がある。

そこで阪神首脳陣は残り全試合に登板できる可能性を秘めた“スペードのエース”として大竹を、勝負強い森友哉、宗佑磨ら左打者対策としてワンポイントリリーフで起用することを考える。

だが大竹は、2022年までパ・リーグ相手に7勝9敗、セ・リーグ相手に3勝0敗。力勝負のパ・リーグより、技勝負のセ・リーグ向きの投手だからこそ、ソフトバンクから阪神に移籍して、「コントロールと緩急を駆使する」特長を発揮できた。しかも大竹はプロ入り以来、リリーフの経験はほとんどない。

このように簡単に方向転換するようなことがあってはならない。「戦略」にブレが生じるからだ。あくまでも大竹は先発。方針は貫かなくてはならない。チームが混乱してしまう。

一方、山本由伸が第1戦1回5失点KOされ、以降、山本をリリーフに回しても、これは中嶋監督の「戦略」として問題ない。「日替わり」のサプライズは、中嶋監督の本来の采配であるし、山本はもともと2018年に32ホールドを挙げたリリーバーとしてブレークしているからだ。

そして「戦略」を成功させるための具体的な方法が「戦術」だ。

森は内角ストレートに強いという報告がスコアラーからあったとする。ならば、阪神投手陣は内角変化球で勝負するという「方法」を取るだろう。しかし、実際対戦してみると、「外角ストレートのほうが強いので、外角変化球で勝負しよう」と軌道修正。これが「戦術」だ。

つまり、戦略に伴う「戦う方法」の方向転換であり、問題ない。こちらはむしろ、どんどん修正すべきだ。

まとめ
「戦略」は見えない方針であり、「戦術」は見える技術である。戦う方針は貫くべきものであり、大前提が簡単に方向転換されると、部下が混乱してしまう。ブレない方針が必要だ。

著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。

TEXT=中街秀正

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2025年1月号

シャンパーニュの魔力

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2025年1月号

シャンパーニュの魔力

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ1月号』が2024年11月25日に発売となる。今回の特集は“シャンパーニュの魔力”。日本とシャンパーニュの親和性の高さの理由に迫る。表紙は三代目 J SOUL BROTHERS。メンバー同士がお互いを撮り下ろした、貴重なビジュアルカットは必見だ。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

SALON MEMBER ゲーテサロン

会員登録をすると、エクスクルーシブなイベントの数々や、スペシャルなプレゼント情報へアクセスが可能に。会員の皆様に、非日常な体験ができる機会をご提供します。

SALON MEMBERになる