この1年間で登場したクルマのベストはどのモデルか? 「本気で欲しくなった」という評価基準で、スポーツカー、SUV、ベーシックカーの3つのカテゴリーから選んだ。■連載「クルマの最旬学」とは
スポーツカーはマセラティ・グラントゥーリズモ
格闘家は、相手と組み合った瞬間に敵の能力がわかるというけれど、マセラティの新しいスポーツカーで路上に出た瞬間、これはモノが違うとピンときた。
乗り心地は引き締まっているけれど、段差を乗り越える瞬間にサスペンションが正確に上下動して路面からのショックを緩和してくれる。ゴツゴツすることのないスムーズな乗り心地は快適で、しっかりとしたハンドルの手応えが心地よい。
先代グラントゥーリズモのV型8気筒エンジンはフェラーリの手を借りて設計したものだけれど、新型グラントゥーリズモの排気量3ℓ・V型6気筒ツインターボエンジンはマセラティが独自で開発したもの。信号待ちからのゼロ発進では滑らかに車体を押し出し、ワインディングロードで高回転までブン回すと、木管楽器系の心地よいエグゾーストノートが耳も楽しませてくれる。
ドライブフィールにはリラックスできる上質さがあるいっぽうで、ヤル気になった時には官能的な音やハンドリングで感性を刺激してくれる。「ゆったり→ギンギン」「ゆったり→ギンギン」を繰り返していると、どれだけ走らせても、飽きるということがない。永久反復運動だ。名古屋や仙台くらいまでの出張だったら、新幹線よりこちらを選びたい。
名門マセラティが完全に復活したことを印象づける、傑作スポーツカーだった。
SUVはディフェンダーのV8モデル
新型ディフェンダー自体は、2020年より日本の道を走っている。これも優秀なSUVだったけれど、2023年に追加されたV8エンジン搭載モデルに乗ると、「真打ち登場!」と喝采を送りたくなった。
スーパーチャージャーと組み合わされる排気量5ℓのV型8気筒エンジンは市街地でもオフロードでも高速道路でも、常に余裕たっぷり。「金持ちケンカせず」というフレーズが頭の中を駆け巡る。
エアサスペンションは、舗装路では大船に乗ったような鷹揚な乗り心地を提供する。荒れた道に入ると、今度は大きく伸び縮みして、磨き抜かれた4駆システムと協力しながら車体の安定を保ってくれる。
V8エンジンとこの足まわりの組み合わせは、「ハンセン・ブロディ組」級の強力タッグだ。いやいやそのたとえは古すぎてわからないという指摘を受けそうだが、鬼に金棒ぐらいの意味だと理解していただきたい。
ランドローバーは、世にも珍しいSUV専業メーカーで、かれこれ75年にわたってSUVだけを作り続けてきた。ディフェンダーのV8モデルには、これまで蓄積してきた知見が注ぎ込まれている。
ベーシックカーはフォルクスワーゲンID.4
初期のBEV(バッテリーに蓄えた電気だけで走る純粋な電気自動車)は、正直、デザインもレイアウトもあまりおもしろくなかった。エンジンをモーターに置き換えただけの、エンジンを積んでいないエンジン車だったからだ。
ところがフォルクスワーゲンがBEVのためにゼロから開発したID.4は違う。最初からかさばるエンジンの搭載を考えずに設計されているから、外観から想像するよりはるかに室内は広い。エンジンの動力を伝えるプロペラシャフトという部品も存在しないから床が真っ平らで、BEVならではのレイアウト、BEVにしかできないデザインとなっている。そうそう、こうでなくちゃ、おもしろくない。
乗ってみて実感するのは、クセのない素直なドライブフィールと高速での安定感は、同社のゴルフやポロと共通していること。BEVになっても、これまで蓄積してきたクルマづくりのノウハウは活かせるということを実感する。BEVらしさとクルマらしさの重なりがID.4だという印象を受けた。
大容量バッテリーを備えるID.4プロというグレードなら、一充電あたりの航続距離は618km。仮にこの7割と見積もっても400km以上は走ることになる。自宅で200Vの普通充電ができる環境なら、これで充分という方も多いのではないか。
ただし、そろそろBEVかも、と考えたこの秋、ID. Buzzが2024年年末以降に日本に導入されるというニュースが飛び込んできた。これは悩ましい……。
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。