エンジンで名を成した自動車ブランドは、電気自動車の時代にどうやって差別化を図るのか。アバルト500eに試乗しながら考えた。 ■連載「クルマの最旬学」とは
電気自動車でも武闘派の演出
アバルトというブランド名を聞くと、クルマ好きは特別な感情を抱く。第二次大戦後、伝説のチューナーだったカルロ・アバルトが立ち上げたこのブランドは、高度な技術力でエンジンをチューニング、1950年代から60年代のサーキットで大暴れをしたのだ。
小排気量のエンジンを極限までチューンアップした小さな赤いクルマが、大排気量エンジンを積む有名ブランドを追いかけ回す姿は伝説となっている。そんなわけでアバルトは、クラシックカー市場でも大きな人気を集めている。
その後、1970年代にアバルトはフィアットに吸収されるけれど、その後もアバルトの各モデルは、刺激的なエグゾーストノート(排気音)で存在感を放っていた。
「ブババババ」というエキサイティングな音で自ブランドの個性を表現していたアバルトが、BEV(バッテリーに蓄えた電気で走るピュアな電気自動車)を発表すると聞いて、こりゃおもしろいと直感した。ご存知のように、モーターで駆動するBEVはほぼ無音で無振動。エキサイティングな音で名声を得たアバルトがどう対応するのか。早速、アバルト500eに試乗した。
外観のスタイリングは、ベースとなったフィアット500eから大きな変化はない。ただし、アルミホイールやボディサイドにあしらわれたサソリのエンブレムが、ただ者ではない雰囲気を漂わせる。ちなみにこのエンブレムは、創始者のカルロ・アバルトがサソリ座の生まれだったことにちなむ。
ブラックを基調にしたインテリアはスポーティな装いで、グリップの太いステアリングホイールを握ると気分が高まる。ステアリングホイールの頂点に青いマーカーがあるけれど、これは競技中にぐるぐるとステアリングホイールを回したときに、センターの位置を把握するための目印。アバルトは、BEVの時代にあっても武闘派なのだ。
ところが……。
2年の歳月を費やしてエンジン音を開発
システムを起動して走り出すと、アバルト500e音もなく、スムーズに発進した。乗り心地がしっとりと落ち着いているのは、重量物であるバッテリーを床下に敷き詰めるレイアウトによるものだろう。
良い、悪いで言えば、静かで乗り心地も快適な良いクルマだ。でも、アバルトらしいかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。爆音とともに、飛び跳ねるようにやんちゃに走るのがアバルトらしさだったからだ。
ここで、タッチスクリーンを操作して、レコードモンツァと呼ばれるサウンドジェネレーターを立ち上げる。レコードモンツァとは、エンジン車を作っていた頃のアバルトの名物商品で、簡単に言えば爆音マフラー。さらに遡れば、1950年代後半のモータースポーツシーンを席巻した名車、フィアット・アバルト750レコルト・モンツァ・ザガートに由来する。
内燃機関のないBEVは、当然のことながら排気はゼロで、マフラーもない。では、どうやって音を再現するのか?
荷室の床下にアンプを、ボディの底にスピーカーを配置して、疑似エンジン音を響かせるのだ。レコードモンツァの存在を知ったときには、ギミックかと思ったけれど、これが想像よりはるかに良くできていた。アクセルペダルの踏み加減に応じて、微妙に音色を変えたり、アクセルペダルから足を離してブレーキペダルを踏む瞬間の音の変動を再現するなど、ドライバーの動きに追従する。
音が出ると気分がアガるのと同時に、エンジン車で育った身としては、やはり音の高まりを手がかりに運転していたことを思い知らされる。
ただし、音質がゲームっぽいのは間違いなく、ずっとこの音を聞きながら走らせていると、正直、飽きる。個人的には、気が向いたときに遊ぶくらいがちょうどいい。ちなみに音量はなかなかのもので、深夜や早朝にガレージから出す際は、オフっておくほうが無難だ。
このレコードモンツァ、騒音と振動に対応する部署とサウンドデザインスタジオが共同で開発したとのことで、2年の歳月をかけて完成させたという。加速、減速、そしてブレーキなどあらゆるシーンでエンジン車の音を録音し、アバルトの特徴的な周波数をすべて抽出することで実現した。
アバルトは、無音のBEVで個性を表現するために、あえてエンジン音を作った。他社もBEVの音についてさまざまな取り組みをしており、たとえばBMWだったら映画音楽の作曲家と協力して、未来的な音が出る仕組みを開発した。
現状ではどこも試行錯誤で、決定打となるような解は出ていない。けれども過渡期であるからこそ各社それぞれのチャレンジを経験することができる、いまはおもしろい時期なのだ。
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サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。