1967年、マツダはロータリーエンジンを実用化して世界を驚かせた。あれから56年、「夢のエンジン」と称されたロータリーに課せられた新たな役割とは? ■連載「クルマの最旬学」とは
普通のエンジンとはまるで異なるフィーリング
マツダがロータリーエンジンを復活させる、というニュースを聞いて胸が熱くなったのは、極私的な体験を思い出したからだ。
ガソリン代のためのバイトに明け暮れていたバブル期、友人の兄が所有していたロータリーエンジン搭載のマツダのサバンナRX-7を運転させてもらって仰天した。ロータリーエンジンの回転フィールがあまりに滑らかで、普段乗っているクルマとは別の乗り物のように感じたのだ。
ロータリーエンジンとは、三角形のおむすびの形をしたローターが回転して動力を発生する原動機。一般的なエンジンは、直列4気筒であれV型8気筒であれ、ピストンが垂直運動をして動力を生む。
で、おむすびが回転する感覚が、ピストン運動とはケタ違いにスムーズ。世界の自動車メーカーで唯一、このエンジンの量産化に成功したマツダには尊敬の念を抱かざるを得なかった。
ロータリーエンジンの強みは、このスムーズさのほかに静かなこと、コンパクトでありながら高出力が期待できることなどがあげられる。
マツダがどのような形でロータリーエンジンを復活させるかというと、こうした強みを最大限に発揮するために、電動車両の発電機として採用したのだ。その電動車両が2023年9月に発表されたマツダMX-30 Rotary-EV。ロータリーエンジンで発電した電気でモーターを駆動する、シリーズ型と呼ばれるプラグインハイブリッド車だ。
世界で唯一、マツダだけが「悪魔の爪痕」を消した
マツダMX-30 Rotary-EVの写真を前にすると、規模が大きいとはいえない広島の自動車会社がロータリーエンジンで世界をあっと驚かせた歴史に想いを馳せてしまう。
ロータリーエンジンの開発でエンジニアたちを悩ませたのは、「悪魔の爪痕」という現象だった。簡単に説明すると、三角形のおむすびの3つの頂点がエンジン内部で摩擦、「悪魔の爪痕」と呼ばれるギザギザが発生してしまうのだ。
1960年代のはじめ、マツダのエンジニアたちは「周波数特性を変える」というだれも思いつかなかった発想で、「悪魔の爪痕」を消すことに成功する。そして1967年5月30日、ロータリーエンジンを搭載したマツダ・コスモスポーツを発表。コスモスポーツはコンパクトなロータリーエンジンを積むことを前提としてデザインされており、いま見ても斬新なスタイルになっている。
こうしてマツダはついに、世界で初めてロータリーエンジンを実用化した自動車メーカーとなった。
世界で初めて、と書いたけれど、実はマツダにさきがけて、NSUというドイツのメーカーがロータリーエンジン搭載車を発表している。けれどもこのクルマは「悪魔の爪痕」の問題を完全には解決していなかったために、トラブルが続出。NSUはこの失敗による負担に耐えかねて、アウディに吸収されてしまう。
したがって、実質的にはマツダが世界初なのだ。
初期のロータリーエンジンは燃費と排出ガスに問題を抱え、折しもオイルショックや大気汚染が問題視される時期と重なったため、苦境に立たされる。
けれどもマツダの技術者たちは奮闘、ロータリーエンジンの改良を続けた。ロータリーエンジンはマツダのいくつかのモデルに搭載されたが、なかでもマツダRX-7は3代にわたってファンから愛された。
1991年、ロータリーエンジンはついに世界の頂点に立つ。世界で最も過酷なレースとされるルマン24時間レースで、Mazda787Bが日本車として初めて総合優勝を果たしたのだ。もちろん、ロータリーエンジン搭載車がルマンを制したのも初めてのことだった。
仏ルマン市郊外のサルテ・サーキットには、ロータリーサウンドと呼ばれた独特の甲高いエンジン音が轟いた。
最後にロータリーエンジンを搭載したのが、2003年に発表されたマツダRX-8。ただし、年々厳しくなる排ガス規制に対応することが難しくなり、2012年に生産が終了する。
こうして、マツダのカタログからロータリーエンジン搭載モデルは消えることになったけれど、技術開発は続けられていた。水素ロータリーエンジンや、発電機としての使用など、あらゆる可能性を探ってきた。
そして今回、マツダMX-30 Rotary-EVとしてひとつの形になった。忍耐強いというか、あきらめが悪いというか、燃費と排ガスの問題で姿を消したロータリーエンジンが、一周回って電動化の時代に蘇るというのは感慨深い。
日本のモノづくりという言葉でひと括りにしてはいけないけれど、「ヨソとは違う独自のモノをつくる」というマツダの気概は素晴らしい。マツダMX-30 Rotary-EVのロータリーエンジンのおむすびがどんなふうに回るのか、いまから楽しみだ。
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マツダコールセンター TEL:0120-386-919
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。