アウディが発表した新しい電気自動車は、インテリアから先にデザインされているという。電動化と自動運転の時代、クルマのデザインも大きく変わる。■連載「クルマの最旬学」とは
クルマの主役はエンジンから人間へ
アウディQ6 e-tronという電気自動車のニューモデルのリリースが届いたとき、「むむ?」と首をひねった。というのも、インテリアの写真だけで、外観の写真が1点もなかったからだ。ダウンロードしたプレス資料のフォルダを何度もひっくり返してみたけれど、見つかるのは内装の写真だけだ。
外観のシルエットをぼんやり見せるティザー的なお披露目は、どこの自動車メーカーもやっている。けれども、インテリアだけを先に見せるというのは聞いたことがない──。
と、数十秒考えて、ぽんと膝を打った。そうだ、アウディはここ何年か、「クルマはインテリアからデザインする時代になる」と言い続け、実際にインテリアを優先して開発した「Sphere(スフィア)」シリーズと呼ばれるコンセプトカーを発表しているのだ。
「Sphere」とは球体の意味で、乗員を取り巻く球体をデザインして、最後にエクステリアの形を決めるというのがアウディの考え方だ。
この手法については、同社のオフィシャルページに掲載されている、デザイン統括責任者のマーク・リヒテのメッセージが実に興味深い。以下に抜粋したい。
「車のデザインというものは過去100年間、同じようなアプローチで設計されていました。全ての中心にあったのは自動車の心臓とも言えるエンジンであり、そしてその周りに見栄えの良いボディをデザインし、最後にインテリアが設計されていたのです」
「将来、アプローチは真逆になります。なぜなら、電気自動車では車の中心となるエンジンが存在しないから。それはつまり、お客様の要望を重視したデザインが可能になるということです。(中略)そのようなことをまず考慮してから、最後にエクステリアのデザインに取り掛かることができるようになります」
https://www.audi.jp/progress/design/marc-lichte-audi-e-design/
いままでだったら、格好いいスポーツカーを開発するなら、まずノーズの長いスポーツカーらしい外観からデザインした。タフなSUVを作るなら、ゴツいフォルムからデザインした。そして最後にインテリアがデザインされた。
けれどもアウディは、その順序を逆にするというのだ。
馬車とクルマに続く乗り物は?
クルマは100年に一度の大転換期にあるとされるけれど、電動化はエンジンがモーターと電池に置き換わるだけでなく、クルマの形まで変えるのだ。いままではデカくて重たいエンジンを主役にデザインしていたけれど、これからは人間が主役になる。
よく言われるように、クルマは馬車の後継者だ。馬車の場合は、4頭仕立て、8頭仕立てと、馬の数が増えるほどパワフルになり、高級になった。
クルマも同じで、4気筒より8気筒、8気筒より12気筒と、エンジンが大きくなるほど速くなり、ステイタスも高くなる。
つまり馬車もクルマも、先っちょが長くなるほどエラい、という点で共通していた。電気自動車へ移行すると、この「先端部分が長いフォルムほどラグジュアリー」という、馬車からクルマへと受け継がれた伝統が断ち切られることになる。
そんな視点で考えても、インテリアから開発するというアウディの考えは、コペルニクス的転回なのだ。
電動化だけでなく、自動運転もインテリア優先のデザイン手法に大きく影響するだろう。たとえばソニー・ホンダモビリティがCES2023で発表した「アフィーラ」のプロトタイプは、車内エンターテインメントの充実がウリだった。
自動運転の時代になると、クルマのインテリアは、操縦だけをする場所から、新しい体験ができる場所に変わるのかもしれない。
こうして考えてみると、クルマはホテルに近い存在になるのかもしれない。
ホテルを選ぶときに、多くの人は外観より内装を重視するはずだ。窓から何が見え、どんなベッドやソファーが用意され、風呂やAV機器が充実しているかどうかを基準にホテルを選ぶ。クルマも、カッコいいとか速いという基準ではなく、心地よく過ごせる、豊かな時間を持てるという基準で選ぶようになるのかもしれない。
もうひとつ、「洋服が主役になってはいけない」というジョルジオ・アルマーニの言葉も思い出した。いい洋服とは格好いい洋服ではなく、着ている人を素敵に見せる洋服だというのがアルマーニ氏の主張だ。
クルマも単体で格好いいデザインではなく、乗っている人を素敵に見せるようなデザインに変わっていくのか。
19世紀後半、栄華を極めていたイギリス・ロンドン市中では5万頭の馬が1日1000トンの馬糞を垂れ流し、市民は悪臭や衛生問題で悩まされたという。はたしてクルマの登場により、こうした問題は解決された。
翻って2023年の夏は、統計開始以来、最も暑い夏になった。馬車とクルマに続く新しい形の乗り物が、地球温暖化の問題解決に少しでも貢献することを期待したい。
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。