電気自動車や自動運転、さらには旧車ブームやカーシェアリングの隆盛など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける本連載。ヒョンデ・アイオニック5の試乗インプレッションを掲載した前編に続く今回は、ヒョンデのキーマンを直撃! 再び日本市場に参入するうえでの戦略を尋ねた。連載「クルマの最旬学」
日本における販売目標台数はない
前編では、BEV(バッテリーに蓄えた電力だけで走るピュアな電気自動車)であるヒョンデ「アイオニック5」の完成度の高さを紹介した。
後編では、一度は撤退した日本市場に再び参入するいきさつや、今後の展開についてのインタビュー取材を実施。答えてくださったのは、ヒョンデ・モビリティ・ジャパンのマーケティングチームで、シニア・スペシャリストを務める佐藤 健さんだ。
取材を行ったのは、原宿駅前に2022年5月28日までの期間限定でオープンしているポップアップスペース「Hyundai House Harajuku」。こちらは、ファッションや建築、食、旅などの専門家とのコラボレーションで、クルマ生活の様々なアイディアを提案するスペース。ここを基地に、「アイオニック5」と「ネッソ」の2モデルを試乗することもできる。
「Hyundai House Harajuku」は、自動車のショールームというよりも、高級オーディオシステムや北欧家具のブランド体験施設といった趣のスタイリッシュな施設。クルマを見せることよりも、サスティナビリティやクオリティ・オブ・ライフを重視するヒョンデの世界観を伝える空間だ。
原宿の町並みを見下ろす2階のラウンジでは、この近くで働いているとおぼしき人々が、コーヒーを片手にノートパソコンを開いている。インタビューは、この明るくクリエイティブな雰囲気のラウンジで行った。
まず、2009年に日本市場から撤退してから、再び参入に至るまでの経緯を尋ねた。すると佐藤さんは、「正直に申し上げて、当時を経験した人間が社内にはほとんどいないんです」と、前置きしてからこう続けた。
「ただ、研究施設のR&Dセンターはずっと日本での活動を続けていました。日本で販売を行わなかった12年間も、開発陣やデザイナーは日本での開発を続けていたんですね。日本の自動車市場が縮小しているという声もありますが、それでも国別に見れば中国、アメリカに次ぐ世界第3位の自動車大国です。消費者の数が多い日本市場を、常に注視してきました」
ヒョンデのアイオニック5というモデルのウリは、まずデザインだ。どんなに中身がよくても、格好悪いクルマは見向きもされないけれど、アイオニック5は人を振り向かせる造形の力がある。ヒョンデはなぜ、こんなに格好のいいクルマをデザインできるのだろう?
「ヒョンデには世界中にデザイナーがいます。韓国、アメリカ、そして日本やヨーロッパのデザイナーがいろいろとアイディアを出してコンペを行い、最終的には社内で決定しました。ヒョンデの販売台数は韓国国内よりグローバルの方が圧倒的に多いので、全世界に通用する商品作りを目指していて、それは当然ながらデザインにもあてはまります。こうした事情がすべて合わさって、ヨーロッパ車とも違う、アメリカ車や日本車とも違う、新しい方向性のデザインに仕上がっているのかな、という気がしています」
ヒョンデは、たとえばホンダよりもはるかに多い、世界第5位の生産台数を誇る自動車メーカーだ。だからもちろん、コンパクトカーから大型SUVまで、フルラインナップの商品を揃えている。その中から、BEVの「アイオニック5」と、FCEV(燃料電池車)の「ネッソ」という電動車に絞って日本で展開するのはなぜか。
「50歳代から上の世代の方は、そういえば昔はヒュンダイを売っていたな、という記憶があるかもしれません。けれども、現在の日本ではヒョンデの知名度はほとんどゼロだと考えています。そこで、どういう方が買ってくださるのか、市場の調査をしたところ、エンタメやスマートフォンなど、若い世代ほどその商品がどこの国籍かにこだわらず、いいものであれば選ぶという傾向が強いんですね。同時に、若い世代ほど環境に対する意識が強いということもわかりました。そこで、まずはこの2台からヒョンデのことを知っていただきたいと考えました」
クルマは、買うまでよりも、買ってからのほうがメーカーとの付き合いが長くなったり、深くなったりする商品だ。今後の販売体制やディーラーの整備網は、どのように構築する予定なのだろう。
「まずはオンライン販売のみでスタートします。そして2022年の夏に、試乗や商談ができるカスタマーエクスペリエンスセンターを横浜にオープンします。今後、いわゆる中核都市にはカスタマーエクスペリエンスセンターを設置する予定です。整備に関しては、ハブ・アンド・スポークという考え方で進めています。カスタマーエクスペリエンスセンターがハブで、スポークの部分に協力整備工場を設けますが、すでに全国で10箇所以上の整備工場と契約を結びました」
佐藤氏の言葉で印象的だったのは、「普通の自動車メーカーと違って、日本市場でのヒョンデには販売目標台数というものがありません」というものだった。
「焦らずに、徐々に広げていこうと思っています。地道な活動になりますけれど、使っていただいて、楽しんでいただいて、ファンを増やしていく。一例として、DeNA SOMPO Mobilityさんが運営する「Anyca」というカーシェアリングのサービスで、ヒョンデを使っていただくことができるようになりました。DeNAさんとは、サブスク的なリースのサービスもご提供します。短期的にはカーシェアリング、中期的にはリース、長期的には買っていただくという形で考えています。とにかくヒョンデを知っていただき、触れていただき、楽しい時間を過ごしていただきたい。そんなところから始めたいですね」
前編でお伝えしたように、ヒョンデの「アイオニック5」はデザイン的にも、機能的にも、レベルの高いモデルだった。自戒の念を込めて言うと、昭和のクルマ好きは韓国車に比べて日本車が圧倒的に優れていると思いがちだ。けれども、知りもしないで「韓国車はダサい」と思い込む姿勢はダサいのではないだろうか。
グローバルで見れば、ヒョンデは日本の自動車メーカーの強力なコンペティターだ。切磋琢磨するライバルが、再び日本にやって来たことを歓迎したい。
Hyundai House Harajuku
住所:東京都渋谷区神宮前6-35-6
期間:〜2022年5月28日(土)
営業時間:平日11:00〜20:00 土日祝10:00〜20:00
定休日:無休
問い合わせ:Hyundai House Harajuku TEL:03-5962-7573
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター/編集者として活動している。