電気自動車や自動運転、さらには旧車ブームやカーシェアリングの隆盛など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける本連載。今回は、再び日本市場に参入するヒョンデを取り上げる。前編は、ヒョンデ「アイオニック5」試乗インプレッションから。 連載「クルマの最旬学」
Galaxy Sの衝撃を思い出す
2009年に日本市場から撤退した現代自動車が、呼称を「ヒュンダイ」から「ヒョンデ」に改めて、再び日本での販売活動を開始する。
このニュースを聞いた時に、脳裏には「?」が浮かんだ。というのも、10数年前に試乗したヒョンデの各モデルは、どれも印象が薄かったからだ。特に出来が悪いというわけではないけれど、心に刺さるインプレッシブな部分もなかった。だから信頼性が高い上に、ディーラーが至れり尽くせりのサービスを提供する日本車に慣れた方や、趣味性の高い輸入車にお乗りの方が、あえてヒョンデを選ぶ理由は見つけづらい。
ところが……。
オンラインの発表会で見た2台のヒョンデは、いずれも輝いていた。2台とは、FCEV(燃料電池車)のヒョンデ・ネッソと、BEV(バッテリーに蓄えた電気だけで走る純粋な電気自動車)のヒョンデ・アイオニック5。特にアイオニック5は、「日本車、負けるかも」という危機感を抱くほどクールだった。2010年にサムスンのスマホ、Galaxy Sを見た時の衝撃を思い出した。
そこで早速、ヒョンデ・アイオニック5の試乗を申し込んだ。
現れたアイオニック5は、想像よりはるかにガタイがよかった。全長4635mmということは、トヨタ・プリウスよりひと回り大きなサイズだ。上背もあるから、単なるハッチバック車というより、SUVとのクロスオーバーといった趣だ。
そしてパソコンの画面でもグッときたデザインは、実写のほうがより魅力的だった。聞けば、1974年に発表した韓国初の国産車、初代ポニーへのオマージュを表現したデザインだという。
ちなみにポニーのデザインを手がけたのは、自動車デザインの巨匠ジョルジェット・ジウジアーロ。確かに、直線基調の機能的な造形でありながら、どこか小動物っぽい愛らしさを感じさせるアイオニック5は、やはりジウジアーロが手掛けた初代フォルクスワーゲン・ゴルフや初代フィアット・パンダに通じるキャラクターがある。
インテリアのデザインもうまい。アイオニック5はそもそもBEV専用設計で、エンジンの動力を車輪に伝えるシャフトなどが存在しないから、室内は広々&すっきとりしている。そこに、北欧デザインを思わせる、やさしい色合いのデザインが組み合わされる。
このインテリアは、排出ガスがゼロ、そしてほぼ無音・無振動で走るBEVの世界観を、造形としても表現しているように感じた。事実、内装には再生ペットボトル由来の繊維など、エコフレンドリーな素材が多用されているという。
グローバルで磨かれた細部への配慮
アイオニック5は、バッテリー容量が2種類(58KWhと72.6KWh)、駆動方式も2種類(4輪駆動と後輪駆動)が用意される。今回試乗したのは、バッテリー容量が72.6KWhの後輪駆動モデル。
システムを起動して走り出すと、BEVらしい静かで滑らかな加速を楽しめる。最高出力が305ps、最大トルクが605Nm(アイオニック5 Lounge AWDの場合)というスペックは、内燃機関だったら2ℓのディーゼルターボエンジンに相当するもので、動力性能は余裕たっぷりだ。
重量物のリチウムイオン電池を床下に配置するBEV専用設計ということから、重心が低く、速度を上げてカーブを曲がっても、安定した姿勢を保つ。
強いて気になる点を挙げれば、高級車と呼ばれるモデルに比べると、荒れた路面を強行突破した瞬間の衝撃の受け止め方が洗練されていない。ビシッという、やや強めのショックを感じる。ただし、プレミアムカーと比較して重箱の隅を突きたくなるぐらい、その他の部分の完成度が高いということでもある。
試乗をしながら特に心に残るのは、細部にまで気が利いているということ。たとえば、アクセルから足を放した時の回生ブレーキ(エンジン車でいうところのエンジンブレーキ)は、4段階で設定できる。エンジン車と変わらないフィーリングから、ブレーキを踏まずにアクセル操作だけで速度をコントロールできる、いわゆる「ワンペダル・ドライブ」まで、好みで選ぶことができる。この設定自体は他車のBEVにも見かけるけれど、その制御がキメ細やかなのだ。
シートアレンジにも配慮が行き届いていて、ショーファーカーのように後席の足元を広くしてリクライニングさせることもできれば、前席を倒してドライバーが休息をとることもできる。
先行車両に追従する機能など、ADAS(先進運転支援システム)も最先端で、パーキングスペースで、車外からリモコン操作で駐車をする機能が正確に作動したのには驚いた。
けれども、考えてみれば世界第5位の自動車メーカーで、ヨーロッパでも4%以上のシェアを持つヒョンデのクルマが洗練されているのは、ある意味で当然なのだ。BTSや映画『パラサイト 半地下の家族』と同様、グローバルで戦い、評価されているのだから。
2001年に現代自動車が日本へ進出した際には、「ヒュンダイを知らないのは日本だけかもしれない」というコピーが使われた。アイオニック5の試乗を終えたいま、自戒の念を込めて、「ヒョンデを知らないのは日本だけかもしれない」と記したい。
後編となる次回では、日本への再上陸を決めた背景や、オンラインのみの販売方法をはじめとする今後の戦略などを、担当者にインタビューする。
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Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター/編集者として活動している。