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2023.05.09

50年前のカローラが550万円! 日本のクラシックカーが熱すぎる

古今東西の名車が集う「オートモビル カウンシル」。8回目となるクルマ文化の祭典が、2023年4月14日(金)から16日(日)にかけて、千葉県の幕張メッセで開催された。1980年代から90年代のネオクラシックを紹介した前編に続き、後編では国産クラシックカーを紹介したい。連載「クルマの最旬学」とは……

オートモビル カウンシル2023

日本のクラッシクカーが注目される理由

前編でこのイベントの概要をお伝えしたので、国産クラシックカーを紹介する後編は、なるべくたくさんのクルマを見ていただきたい。ただその前に、国産クラシックカーの相場が高騰している理由について、私見を述べさせていただきたい。

意外に思われるかもしれないけれど、国産のちょっと古い高性能車が最初にブレイクしたのは、日本ではなくアメリカだった。

まず火を着けたのが、2001年にシリーズ第一作が公開された映画『ワイルド・スピード』だ。劇中では、トヨタ・スープラや日産スカイラインGT-R、それにマツダRX-7といった日本のハイパフォーマンスカーが爆走する。『ワイルド・スピード』は、アメリカでまもなく10作目が公開されるほどの人気作品で、この映画の大ヒットによって日本のスポーツカーはクールだという評価が定まった。

1997年にリリースされたPlayStation用のゲームソフト『グランツーリスモ』も日本の高性能車をフューチャーしており、この世界的な人気ゲームソフトと『ワイルド・スピード』の相乗効果で、日本車熱が高まったと推察する。

オートモビル カウンシル2023

オートモビル カウンシル2023

国産メーカーも、自社の歴史や過去の名車を資産として活用するために、積極的に参加していた。写真は、日産とホンダのブース。

もうひとつ決定的なのは、通称「25年ルール」と呼ばれるアメリカのクラシックカー登録制度だ。

アメリカでは、州にもよるけれど右ハンドルのクルマの輸入はかなり厳しく制限される。けれども製造から25年以上を経た個体に関しては、クラシックカーとして扱われるため、右ハンドル車であっても輸入が認められる。しかも、クラシックカーは骨董品ということで、排ガス規制や関税の対象外となる。

こうして、前述したように映画やゲームの影響もあり、バブル期前後の日本の高性能車が、2000年代に入ってから続々とアメリカに輸出されるようになったのだ。

1980年代、90年代の高性能車が注目されると、自然ともっと古い年式のモデルにまで光があたるようになる。国産クラシックカーの相場が上がった背景には、こんな事情がある。

といったところで、「オートモビル カウンシル 2023」で気になった国産クラシックカーを紹介したい。

スカGもZも4000万円オーバー!

日産スカイラインGT-R(1972年)

日産スカイラインGT-R(1972年)

日産スカイラインGT-R(1972年)

値札を見てびっくり仰天なさった方がいるかもしれない。1968年にデビューした3代目スカイライン、通称“ハコスカ”の最高性能版がGT-R。目玉は、2ℓの直列6気筒DOHC24バルブエンジンで、最高出力160psは当時の基準ではスーパーカーだった。後にこのクルマは、ツーリングカー・レースで連戦連勝、破竹の快進撃を見せる。こうしたヒストリーもあって、この価格なのだ。ちなみに、1970年時点でのこのクルマの定価は、154万円だった。

トヨタ・カローラ・レビン(1973年)

トヨタ・カローラ・レビン(1973年)

トヨタ・カローラ・レビン(1973年)

トヨタ・カローラ・レビン(1973年)

カローラのクーペボディに、高性能エンジンを積み込んだスポーティ仕様がカローラ・レビン。「2T-G」という型式名で呼ばれる1.6ℓ直列4気筒DOHCエンジンは、トヨタの歴史の中でも名機の誉れ高く、最高出力115psを誇った。しかもコンパクトなボディの車重はわずか855kgと軽量で、最高速度は190km/hと、現代の基準をもってしても速いクルマだ。

ユーノス・ロードスター(1991年)

ユーノス・ロードスター(1991年)

ユーノス・ロードスター(1991年)

1989年にデビューしたユーノス・ロードスターは、世界の自動車産業に大きな影響を与えたモデルだった。というのも、当時はオープン2シーターのスポーツカーは世界的に絶滅していたからだ。このクルマの大ヒットによって、世界の自動車メーカーが「ここに鉱脈があった!」と気づき、ポルシェやメルセデス・ベンツ、BMWなどが相次いで小型のオープン2シーターを発表した。価格に驚かれるかもしれないけれど、完全レストア済みの1台だ。

 ホンダS600クーペ(1965年)

ホンダS600クーペ(1965年)

ホンダ初の4輪自動車は1963年に登場した商用車のホンダT360で、初の乗用車は同じ年に登場したホンダS500。つまりホンダは、スポーツカーで乗用車市場に参入したということになる。S500の進化版がS600で、さらにその高性能版であるホンダS800は、当時のモナコ王妃グレース・ケリーが愛用したことで知られる。つまりホンダのSシリーズが、世界の社交界で初めて認知された日本車ということになる。

日産フェアレディZ 432(1972年)

日産フェアレディZ 432(1972年)

これも値札を見て驚愕される方が多いだろう。モデル名の「432」とは、「4バルブ、3キャブレーター、ツインカムシャフト」を意味し、この型式のフェアレディZの最高性能版。冒頭で紹介したスカイランGT-Rと同じく、日産R380というレーシングマシンのエンジンを“普段使い”できるように調整したものを搭載する。1969年に登場したフェアレディZは、その圧倒的な価格競争力をによって、欧州製小型スポーツカーを駆逐したとされる。

ダットサン・フェアレディ2000(1969年)

ダットサン・フェアレディ2000(1969年)

ダットサン・フェアレディ2000(1969年)

ダットサン・フェアレディ2000(1969年)

日産フェアレディZに移行する前のフェアレディがこちら。資料によれば、2ℓ直列4気筒SOHCエンジンの最高出力は145psで、最高速度は205km/hと、相当のハイパフォーマンスカーであることがわかる。当時のモータースポーツにおけるGT-Ⅱというクラスは、出走車両のほとんどすべてがこのクルマで占められたというほどで、人気と実力を兼ね備えたスポーツカーだった。フェアレディZ432の価格と並べると、お買い得に見えるのがこわい……。

日産シーマ(1990年)

日産シーマ(1990年)

初代日産シーマは、1989年デビュー。バブル経済を象徴するモデルで、この高額モデルがバカ売れしたことは“シーマ現象”と呼ばれた。ただし、日産自動車のブースに展示されたこの個体は売り物ではなく、女優の伊藤かずえさんが33年前に購入し、ずっと乗り続けているもの。一昨年レストアしたことでぴっかぴかになっており、伊藤さんは「免許返納まで乗り続けたい」と語っているという。

ひと昔前までは、クラシックカー趣味というと欧米のクルマを対象としていた。けれども、古い日本車にも価値が見いだされ、長きにわたって愛用する人も生まれている。日本の自動車産業が歴史を積み重ねていることと、クルマ文化が成熟しつつあることを肌で感じた「オートモビル カウンシル2023」だった。

サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。

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TEXT=サトータケシ

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