2022年の上半期、BYDは電動車両(電気自動車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車)の販売台数で、テスラを抜いて世界一となった。日本進出にあたっては、どんな戦略を考えているのか。BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長に直撃した。連載「クルマの最旬学」とは……
“テスラ超え”狙う中国のモンスター企業
2022年7月に、BYDが日本の自動車市場へ参入すると発表したときに、ふたつの対照的な声があがった。ひとつが、成熟した日本の乗用車市場にBYDが新規参入する隙間があるのだろうか、という懐疑的な意見。もうひとつが、BEV(バッテリーの蓄えた電気だけで走る純粋な電気自動車)の普及では欧米に比べて遅れをとっている日本市場で、BEV専業メーカーであるBYDが存在感を示すのではないかという意見だ。
実際のところ、BYDは日本でどのようなビジネスモデルを築くつもりなのだろうか。BYDオートジャパンの東福寺厚樹代表取締役社長にお話をうかがった。
「いきなり競合になるとは考えていない」
──BYDが突然日本にやって来た、ととらえて、驚いている方も多いようですが、実はかなり以前から日本でビジネスを行っていたと聞いています。
東福寺 実は私も昨年BYDに入社した身なので、あたかも自分がそこにいたかのように話すのは気が引けますが(笑)、1995年に設立したBYDは、'99年には日本との取り引きを開始したと聞いています。電気関係のOEMサプライヤーに部品を納めるところから始まって、東芝のラップトップPCのバッテリーですとか、PCそのもののOEM生産で業績を伸ばし、そこでベースができて、2003年に自動車産業に参入しました。
──乗用車の前に、すでにBYDのBEVバスや電動フォークリフトが日本で使われているそうですね。
東福寺 はい、決まったルートを走って必ず車庫に戻ってくるバスは、BEVと相性がいいんですね。いまのところ累計で75台のBEVバスを納入して、シェアでいくと約7割を占めています。フォークリフトに関しては日本のメーカーに比べるとまだまだですが、累計で約400台を使っていただいています。
──7月のローンチの際には、「日本のメーカーと競合するつもりはない」という趣旨の発言が印象に残りました。あの発言の真意を教えてください。
東福寺 日本は自動車の保有台数が8200万台、販売台数でも中国、アメリカに次ぐ世界第3位という大きな市場です。いくつもの自動車会社が長年にわたってサービスを提供しているわけで、ゼロからスタートするわれわれは競合というレベルではないと認識しています。お客様に寄り添って、お客様の動向を確認しながらビジネスを行って、先々、BEVを購入しようかと考えた時に、そういえばBYDという会社もあったな、と思い出してもらえるような存在になることが、短期的な目標です。
──すぐに利益を上げることよりも、長い目で見て日本市場に根付くことが目標という理解でよろしいでしょうか?
東福寺 もちろん事業として行うわけですから、収益は大事です。ただ、収益だけではなく、脱炭素というのは世界的に取り組む課題であり、日本が脱炭素社会を実現するための選択肢のひとつになりたい、という思いがあります。
1980年代の日本のメーカーに似た雰囲気
──東福寺さんは、三菱自動車で経験を積まれた後、フォルクスワーゲンジャパン販売で長きにわたって社長を務められました。クルマの使われ方やユーザーの好みをよくご存知の東福寺さんからご覧になって、日本市場の特徴はどういうところにあると思われますか?
東福寺 三菱自動車にいた頃は、最初はアメリカ市場を担当して、それから中東、アフリカ、オーストラリアなどの担当を務めました。そこでわかったのは、日本のお客様の品質に対する要求が、ずば抜けて高いということです。海外では、多少気に入らない部分があっても安いクルマだから仕方がない、という割り切りがあります。一方、日本ではどんなモデルでも高品質が求められる。値段をご覧になって、安いから使ってみよう、とはならないんですね。だから日本で信用を積み上げていくには、ほかのマーケットより時間がかかると思っています。
──低価格をウリにしてもうまくいかない、ということですね。では価格だけで競わないとすると、BYDの各モデルの魅力はどこにあるとお考えですか。
東福寺 まず、エンジン車から乗り換えても違和感がないように、運転がしやすいように作られています。BYDのグループ会社である日本のTMC(TATEBAYASHI MOULDING)の製造技術が非常に高いので、仕上がりもいい。また、もともとバッテリーの会社なので、バッテリーの性能には自信を持っています。BYD独自のブレードバッテリーは効率に優れており、最初に日本に導入するATTO3というモデルではWLTC値で485kmの航続距離を実現しました。もうひとつ、個性的なデザインもBYDの特徴です。
──アウディのデザイン責任者やメルセデス・ベンツのインテリアデザイナーを採用したと聞いています。
東福寺 ええ、そうなんです。中国・深圳のデザインセンターでは200人ほどのデザイナーが、日々デザインに従事しています。デザイナーに限らず、現時点での従業員数は約29万人ですが、そのうち4万人以上がエンジニアリングの学位を持っているそうで、優秀な人材がたくさん集まっていることもBYDの強みでしょう。
──三菱自動車、フォルクスワーゲンジャパン販売で経験を積んだ東福寺さんの目から見て、BYDの社風はどのようにお感じになりますか?
東福寺 意思決定のプロセスが非常に短くて、答えが出るのがスピーディですね。私の上司がBYDジャパンの社長でBYDオートジャパンの会長である劉学亮で、そのうえがもうBYDの王(伝福)会長です。もちろんわれわれが思っている通りにすべてが決まるわけじゃないんですが、イエスかノーか、ノーの場合はなぜか、というのがパッとわかる。時には拙速じゃないかと思うほどですけれど、やれることはどんどんやっていこうという、“forward thinking”というか、前向きな企業風土はすごくいいと思います。エンジン車をスパッとやめちゃったのが、典型例ですね。あと、テック系の企業だったこともあり、自動車会社の重厚長大な感じとはちょっと違いますね。来月どうする、半年先にはこうなる、みたいなスピード感が、自動車会社とは違うなと感じています。そういえば、来年の新入社員は2万人らしいんですよ。
──2万人!?
東福寺 しかも中国の新卒者は、みなさんトップレベルの大学を出た、とても優秀な方ばかりだそうです。私は1982年に三菱自動車に入社したんですが、あの頃は日本車が世界で認められるようになって、どんどん事業を拡大する時期だったんです。優秀な人材がどんどん集まってくることとか、打ち合わせの時にすごい熱気があることとか、あの頃の日本の自動車業界を思い出しますね。
インタビューを終えて印象に残ったのは、じっくりと時間をかけて、日本市場に根付こうとするBYDの姿勢だった。もうひとつ、価格競争はあるにしても、決して低価格だけをウリにしているわけではないことも心に留めておくべきだろう。そしてなにより、1980年代の日本の自動車メーカーに似た熱気があるというところに、大きな脅威と、ある種の羨ましさを感じた。
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Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。