BEVとPHEV(プラグインハイブリッド車)の合計販売台数が世界トップとなり、テスラを猛追する中国の自動車メーカー「BYD」とは、何者なのか。注目すべきは、価格そのものよりも、低価格を実現する技術力だ。連載「クルマの最旬学」とは……
時価総額は世界の自動車メーカーで3番目
2022年のクルマ関連ホットニュースのひとつが、中国のBYDが日本の乗用車市場に参入すると発表したことだ。2023年1月より、3モデルのBEV(バッテリーに蓄えた電気だけで走るピュアな電気自動車)を順次導入するという。
この件に関しては、「黒船襲来」や「殴り込み」といった刺激的な見出しが目を引いた。本連載ではもう少し冷静に、「BYDとは何者か?」を検証したい。そして来月には、日本導入モデルの試乗記とキーマンへのインタビューを掲載する予定だ。
BYDは、携帯電話用のバッテリーを製造する企業として1995年に設立された。モトローラやノキアといった大手のサプライヤーに認定されたことで売り上げを伸ばし、現在はファーウェイ製品の多くもBYDのバッテリーを採用している。
そして2003年に、中国国内の自動車メーカーを買収して自動車製造にも乗り出した。自動車メーカーとしての特徴は、バッテリー技術に強みを持つこと。BEVとPHEV(プラグインハイブリッド車)の販売台数の合計では、現時点で世界トップに立つ。2022年3月には、主要な自動車メーカーとしては世界で初めてエンジン車の生産を終了した。
現在のBYDグループは、ITエレクトロニクス、自動車、新エネルギー、モノレールの4分野で事業を展開している。従業員数は29万人を超え、2021年の売上高は約4.1兆円。マツダの売上高3兆1203億円と比べると、そのスケール感がつかめる。
また2022年6月には、BYDの時価総額(約20兆円)がフォルクスワーゲンやメルセデス・ベンツを抜き、自動車メーカーとして世界3位に躍進したと報じられた。ちなみに1位はテスラ(約97兆円)、2位はトヨタ(約35兆円)だ。
チーフデザイナーは自動車業界の重鎮
BYDの日本市場参入のニュースで気になったのは、さまざまなメディアが「低価格を武器に殴り込み」的なニュアンスで報道していることだ。日本仕様の正式な価格は11月にも発表される予定で、もちろん戦略的に価格を設定する可能性も高い。
けれども、価格よりも注目しなければいけないのは、低価格を実現する技術力だ。「技術力を武器に殴り込み」という側面こそがポイントだ。
前述した通り、BYDのBEVの強みは、創業以来のノウハウの蓄積があるバッテリーだ。BYDのEVに採用するリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)は、ほかのEVが使うリチウムイオン電池に比べると、希少金属をほとんど使わないことからコストが低くなるという特長がある。一方、LFPにはエネルギー密度が低いという弱点があった。つまり同じ大きさのバッテリーだと、航続距離が短くなる。
ここでBYDは、刀(ブレード)のように平らで細長い形状の、ブレードバッテリーと呼ばれるバッテリーパックを開発した。ブレードバッテリーは、効率的にセル(単電池)をバッテリーパックに収めることで、バッテリー密度を高めることができる。これまでのBEVは、セルをいくつか集めたモジュールでバッテリーを構成したけれど、ブレードバッテリーはモジュールがないので、より多くのセルを直接バッテリーパックに収納できるのだ。
ブレードバッテリーには、車体を支える構造の一部になるという利点もある。たとえて言うなら、家の柱に冷蔵庫や洗濯機を組み込むようなもので、スペースに余裕が生まれる。したがって、BYDのBEVは、室内が広くなる。また、過酷な実験の結果、ブレードバッテリーは安全性の高さも証明されている。
BYDのブレードバッテリーには、現時点におけるBEVの盟主であるテスラが興味を示しており、採用がほぼ決まったとの報道もある。
また、2019年にトヨタとともにBEVの開発を行う合弁会社「BYD TOYOTA EV Technology Company」を設立したが、トヨタがこれから中国で発表する小型BEVには、BYDの技術が使われる可能性が高い。
といった具合に、BYDは安い電気自動車を作るメーカーではなく、トヨタやテスラから一目置かれる技術力を持つメーカーだと認識すべきだろう。
ちなみに、BYDは2015年に日本へEVバスを導入しているけれど、いまや7割のシェアを獲得している。また、電動フォークリフトの分野でも実績を残している。いきなり日本市場に参入したのではなく、一歩一歩、地道に、着実に前進している。
最後にもうひとつ、BYDのデザイン責任者は、アルファ ロメオやアウディのチーフデザイナーを務めたドイツ人のヴォルフガング・エッガー。アルファ ロメオ在籍時にはスーパースポーツの8Cを世に送り出していると言えば、「ああ、あの人か!」と膝を打つクルマ好きもいるだろう。
国産メーカーが充実している日本市場で、中国の自動車メーカーが受け入れられるのか、と疑問視する意見もある。グローバルで結果を残しているBYDが日本でいかに戦うのか、注視したい。
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。