中古車を探すときには、中古車情報誌やサイトで検索するのが一般的なやり方だろう。けれどもそうした形態とは一切無縁のクルマ屋さんが人気を集めているという。連載「クルマの最旬学」とは
ファッション業界からの転身
都内某所、メールでいただいた住所を頼りに静かな住宅地を進むけれど、周囲には自動車販売店らしき建物は見当たらない。目的の住所に到着すると、ガレージの前にそれらしきクルマが数台停められているものの、クルマを販売しているようには見えない。看板が出ておらず、クルマには値札もなにもなく、ただ停められているだけなのだ。
おそるおそる電話をしてみると、ガレージから男性が姿を現した──。
通りから見えるように目立つ看板を掲げ、中古車情報誌/情報サイトに広告を出し、自社ホームページに詳しい情報を載せるというのが中古車販売の王道だ。けれども、そのうちのどれもやらずに人気を集めているクルマ屋さんがあると聞いて、興味を持って訪ねてみた。
はたして、ガレージから出てきた男性が、カードローブ代表の田島直哉さんだった。早速、このような業務形態になったいきさつから話をうかがう。
大手セレクトショップに13年勤務した田島さんが独立したのは11年前、33歳のときだったという。ただし、その時点では自動車販売の経験は皆無だったというから驚かされる。
「世の中に、クルマ屋はたくさんあります。町の中古車屋、ビンテージカーを扱う店、ラグジュアリー系や走り屋のショップもある。でも、ファッション目線でクルマを扱う店はないと感じていました。ファッションが好きな方でも、意外とクルマには気を使わない。だからツテもなく、実績もなく、信用もなく、自信もなかったけれど、ファッション目線のクルマ屋をやってみようと思ったんです」
独立した田島さんは、古物商の資格を取り、中古車オークションに参加できる会員となった。そして自宅1階のガレージを店舗とした。クルマ屋として独立するにあたって、田島さんにはひとつのこだわりがあった。それは、「自分の好きなクルマだけを扱う」ということだった。
「自分の好きなクルマ、自分でも乗りたいクルマを気に入って買ってくれる人がいたら、それが理想だな、と思って始めたんです。売れそうなクルマを仕入れて宣伝する、というやり方は、あまり魅力的だとは思えなかった。だから中古車情報誌に広告を出すことは、最初から一切考えていませんでした。でも、最初からそんなに都合のいいお客さんがいるわけもなく、最初に買ってくれたのは前職の同僚で、数年は赤字が続きました」
カードローブというネーミングはワードローブから着想を得たもので、田島さんはご自身の気に入ったクルマをスタイリング、カスタマイズして販売する。特にキャンプやサーフィン、スノーボードなどのアクティビティが好きな田島さんは、アウトドアが似合うコーディネイトを得意とする。
田島さんのテイストが支持されるようになったきっかけは、インスタグラムでの発信に本腰を入れるようになってからだという。
自分が好きなものを、気に入った人が買ってくれればいい
「始めて4、5年くらいでインスタをちゃんとやるようにしたんです。ほかのSNSの更新はやめて、インスタ1本に絞って、こんなクルマがありますよと発信すると、たくさんの反応が返ってくるようになりました。いまでは、僕が扱うクルマを知る方法はインスタだけになっています。もうひとつ、アウトドアブームというのも追い風になった感じはありますね」
田島さんが仕立てて販売したクルマのうち、いくつかの写真を見せていただく。興味深いのは、必ずしも人気モデルを扱っているわけでないことだ。このクルマ、こんなにカッコよくなるのか、と思わされるものが多い。
「僕はもともと、クルマでもファッションでもだれかとカブることが嫌いだし、流行に乗るのも嫌いです。だれも見向きもしないようなクルマをスタイリングして、売るのが好きなんですね。そういうやり方に、インスタがマッチした感はあります。通りがかりの人が並べてあるクルマを気に入って飛び込みで来るという可能性はほとんどゼロなので、だから店舗に看板は不要なんです(笑)」
田島さんの好みではあるけれどそれほど人気がないモデルを仕入れて、それが在庫になってしまうという不安はないのだろうか。
「ただ、在庫がないと売上が立たないですよね。自分の気に入ったクルマを好みにカスタマイズすれば、熱意を持って提案できますから、そのリスクは仕方ないと思っています。あまり商売を大きくしたいとは思っていなくて、ひとりでできる範囲でやるつもりです。だからたいして儲かっていないんですけど、売れセンに走るとつまらないですから」
こうして、看板も掲げず、広告も出さずに、カードローブは人気を博すこととなった。最近はリピーターのお客さんも増え、「こういうクルマにスタイリングしてほしい」というリクエストも多くなったという。
今後について、車中泊も趣味だという田島さんは、「キャンピングカーのビルダー的なことをやりたいですね」と抱負を語った。
自分が好きなものを、いいと思ってくれる人だけが買ってくれればいい──。
中古車販売の世界では、利益偏重の企業風土から大きな問題が起きている。田島さんがやっていることは、真逆の姿勢だと言えるだろう。SNSのおかげでカードローブのような商売が可能になったというのが、実に新鮮だった。
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。