ロールス・ロイスが世界的に売れている。2022年に過去最高の販売台数を記録したほか、新たにラインナップに加わる電気自動車のスペクターも予想を上回る受注があるという。スペクターの発表会の席で、販売好調の理由と電動化戦略について、アジア太平洋のリージョナル・ディレクターを務めるアイリーン・ニッケイン氏にインタビューを試みた。連載「クルマの最旬学」とは……
過去最大の販売台数を記録。若い世代の超富裕層も牽引
──ロールス・ロイスは2022年にグローバルで6021台を販売しました。これは過去最大で、対前年比8%の増加になります。好調の理由をどのように分析なさっていますか。
アイリーン・ニッケイン(以下ニッケイン) いくつかの要因がありますが、大前提としてブランドをモダンにしていく長期的な戦略が成功しています。タイミングもよかったと思います。過去2年間、クルマに限らずファッションもジュエリーもアルコール飲料も、ラグジュアリーブランドが成功しています。コロナ禍で移動制限があるなか、ほかのところで贅沢をしたということかもしれません。
もうひとつ、アジア太平洋地域でもグローバルでも、超富裕層、特に若い超富裕層が増えています。スタートアップの起業家だったり、技術系だったり、いままでの典型的な超富裕層とは異なるタイプが増加していることは注目に値します。
──6021台という数字をもっと伸ばすのか、あるいはこのくらいで維持するのでしょうか? というのも、ロールス・ロイスのオーナーは、ホテルの駐車場で隣に同じクルマが並ぶのを不快に感じるはずだからです。
ニッケイン おっしゃる通りで、超富裕層は希少であることを大事にするので、これからの数年で販売台数を何倍に増やすという考えはありません。台数を増やすことよりも、お客様の要望に応じて仕上げる1台1台のクオリティをさらに引き上げて、お客様の期待に応えることが私たちの責務だと考えています。お客様からのリクエストの範囲は広がっていて、たとえばレザーの先を行く素材のシートにしたいとか、液晶パネルを別のものにしたいという要望を受けるようになってきました。
──初めてのBEVにクーペというスタイルを選んだことが興味深いです。人や荷物がたくさん載るわけではないけれど、乗る人や見る人の心を豊かにするクーペを選んだことがロールス・ロイスらしい戦略だと感じました。予想より多くの受注が入っているとのことですが、顧客はスペクターのどこに期待していると思われますか。
ニッケイン 今おっしゃったことにリンクすると思います。機能重視の実用的なクルマではないけれど、コモディティではないからこそ話題になります。スペクターはスーパーラグジュアリーセグメント初のBEVだと自負していますが、このセグメントのBEVを待っていた方も多いでしょうし、このセグメントのBEVがどんなものかという好奇心をくすぐられた方もいると思います。
──エンジン車にはない、BEVならではの魅力はどんなところにあるのでしょう。
ニッケイン モーターで走るのでもちろん静かですし、アクセルペダルの操作だけで加減速をコントロールすることもできます。いわゆるワンペダル・ドライブですね。ただし、ギュッと加速するBEVも世の中にはありますが、我々はいままでのエンジン車と加速感が変わらないように調整しています。多くの方からいままでのエンジン車と何が違うのかと問われますが、マジック・カーペット・ライド(魔法のじゅうたんのような乗り心地)を維持しつつ、あえて大きな違いを作らないことを考えました。
──ロールス・ロイスは、2023年に東京に北アジアを統括するサテライト・オフィスを開設しました。これは日本と韓国の市場を重視していることの表れですが、現在の日本の市場規模はどの程度でしょうか。
ニッケイン アジア太平洋地域のうち日本はおよそ30〜40%の規模を占めており、アジア太平洋地域で日本が1位になることもあれば、2位の年もあります。それくらい、私たちにとって大きな市場です。
──スペクターのアンベールに登壇した際には、日本市場は洗練された市場だとおっしゃっていました。もう少し具体的に日本のオーナーの特徴などを教えてください。
ニッケイン 私は日本に5年ほど住んでいたので、日本市場をよく理解していると自負しています(笑)。まず日本のお客様は細部のクオリティやクラフツマンシップに強いこだわりがあります。一例をあげると、アフターセールスの担当者やエンジニアが英国グッドウッドの本拠地から日本にやってきて、クオリティについて日本のオーナーから意見をうかがうことがあります。伝統的な手法によって素晴らしい仕上がりになること、(日本語で)TAKUMIというものを、日本の方は深く理解されているのです。
──BEVのスペクターが日本に導入されるわけですが、率直に言って日本の電気自動車を取り巻く環境は遅れていて、BEVの販売台数はヨーロッパの10分の1程度です。この状況でスペクターを販売したり、快適に使ってもらうための戦略をお聞かせください。
ニッケイン まずロールス・ロイスというブランドに限っていえば、問題はないと考えます。日本のオーナーのみなさんにヒアリングを行いましたが、ご自宅で充電すれば問題はないですし、みなさんがお使いになるホテル、レストラン、マリーナ、ゴルフ場といった場所には必ず急速充電器が備わっています。ただし、そうはいっても、急速充電器を増やす取り組みは必要です。これに関しては、ロールス・ロイスはBMWグループ傘下ですので、BMWの日本オフィスと連携しながら、充電サービスの拡充に努めたいと考えています。
──シナジー効果が見込めるということですね。ロールス・ロイスの参入によって日本のBEV市場が活性化することを期待しています。本日はどうもありがとうございました。
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ロールス・ロイス・モーター・カーズ https://www.rolls-roycemotorcars.com
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。