フェラーリがプロサングエを発表したことで、プレミアムSUVは出揃った感がある。百花繚乱、どれを選ぼうか迷われている方も多いだろう。「ゲレンデは増えすぎたし、カイエンだとあの人とカブるし……」と、頭を悩ませている方にお勧めしたいのが、アストンマーティンDBXだ。連載「クルマの最旬学」とは……
アンダーステイトメントの美学
アストンマーティンDBXを推したい理由のひとつが、デザインだ。華やかなイタリア勢とも、アグレッシブなドイツ勢とも異なるシュッとしたた佇まいは、背筋の伸びた英国紳士を思わせる。控えめにカッコよさをアピールする、という、難易度の高いデザイン表現だ。
エクステリアの世界観は、インテリアのデザインにも通底する。飾ったり盛ったりすることでアピールするのではなく、削ぎ落とすことで生まれる“引き算の美学”で表現されている。
もうひとつ、これはSUVのDBXに限らず、アストンマーティンの全モデルに共通することであるけれど、斜め後ろ後方などの死角がない。車高の低い、ぺったんこのスーパースポーツでも、ガタイのいいSUVでも、驚くほど視界がいいのだ。
これに関しては以前、アストンマーティンのエンジニアにその理由を尋ねたことがある。いわく、アストンマーティンはモータースポーツの極限の戦いで得たノウハウや技術を注いで開発してきたから、ということだった。一歩間違えれば命を落としかねない、テール・トゥ・ノーズやサイド・バイ・サイドのバトルを制するには視界の確保は絶対条件で、したがってアストンマーティンは伝統的に視界がいいのだ。
名門ならではの技が光る
今回試乗したのは、高性能版のアストンマーティンDBX707。モデル名の「707」とは、提携するメルセデスAMG製の4ℓ・V型8気筒ツインターボエンジンの最高出力が707ps(!)であることに由来する。
路上に出て真っ先に感じるのが、乗り心地のよさだ。乗り心地がいいといっても、ふわんふわんとしているわけではなく、707psを抑え込むためにビシッと引き締まっている。けれどもそれが不快な硬さだと感じないのは、路面の段差を乗り越えた瞬間のショックが、スパッと収まるからだ。
たとえて言うなら野球のボールをバットの真芯でジャストミートした瞬間のような感触で、硬いけれど気持ちがいい。淡麗辛口の乗り心地だ。
乗り心地がいいと感じるもうひとつの理由は、ハンドル操作に対して思ったように、1mmの狂いもなく反応してくれることがあげられる。小型スポーツカーのようにハンドルを切った瞬間にキュキュッと曲がるわけではなく、野生の大型動物がジャンプをする前に筋肉に力を蓄えるように、一瞬のタメを作ってから曲がる。このあたりの動きが、人間の感性にナチュラルで、心地よい。
だから高速道路で車線変更をするだけでも楽しい。このクルマの快適さは、「適確に動く快感」と定義したい。
乗り心地と好ハンドリングを両立させる作り込みのうまさは、さすが伝統の技だとうならされる。
本当のセレブリティに愛された
最高出力707psのV8ツインターボエンジンは、さすがにパワフル。日本の道路環境であればETCゲートを通過する刹那や、高速道路に合流する瞬間にしか、本領を発揮させることはできない。このエンジンを思う存分に味わうには、サーキットなどに持ち込むほかはないだろう。
特に、「GT」「Sport」「Sport+」のドライブモードから最も過激な「Sport+」モードを選ぶと、街中でも肉食獣が喉を鳴らすような、ゴロゴロという音が室内に響く。そしてアクセルを踏み込めば、噛み付くようなレスポンスで回転を上げ、「咆哮」という言葉で表現したくなるようなエグゾーストノートが鼓膜を震わせる。
この稲妻のようなエンジンに、前述した優れたハンドリング性能が加わるから、ワインディングロードでのこのクルマは、完全にスポーツカーだ。
一般に、スポーティなSUVを開発するには、SUVに大出力エンジンを搭載して、スポーティなサスペンションを組み合わせる。でもこのクルマは逆だ。スポーティなSUVではなく、スポーツカーにSUVのスタイルを与えたのがアストンマーティンDBX707なのだと感じる。
見ても乗っても感動するアストンマーティンDBX707であるけれど、このブランドが紡いできたストーリーも魅力のひとつだ。ボンドカーとして使われたことは有名だけれど、このブランドの物語はそれだけではない。
たとえば1960年代、ビートルズのポール・マッカートニーは愛車アストンマーティンDB6をドライブ中に「ヘイ・ジュード」のメロディが降りてきて、オプションのテープレコーダーに吹き込んだという逸話が残っている。また、ポールのDB6に感化されたローリング・ストーンズのミック・ジャガーも同じクルマを手に入れているし、ドラムスのチャーリー・ワッツもアストンマーティンのクラシックカーをコレクションに加えていた。
さらに、英国チャールズ国王は、21歳の誕生日に故エリザベス女王からアストンマーティンDB6をプレゼントされ、この個体はいまも英国王室で大事に扱われているという。
つまり、本物の英国のセレブリティたちが、このブランドを愛用しているのだ。もし、プレミアムSUVの購入をお考えであれば、アストンマーティンDBXを候補に入れてみてはいかがだろうか。
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アストンマーティン・ジャパン・リミテッド https://www.astonmartin.com/ja/
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。