この2023年秋より、中国の電気自動車メーカーBYDのニューモデル、BYD DOLPHINが日本市場に導入されている。早速、試乗する機会を得たので報告したい。■連載「クルマの最旬学」とは
実際に乗って焦ったこと、安心したこと
BYD DOLPHINは、BYD ATTO3に続くBYDの日本市場導入第2弾。BYD ATTO3がコンパクトSUVであったのに対して、BYD DOLPHINは日産リーフやフォルクスワーゲン・ゴルフとほぼ同じサイズの小型実用車だ。ある意味で、日本にBYDブランドを浸透させる使命を担った本命モデルだと言えよう。
日本には標準仕様のBYD DOLPHIN(363万円)と、より強力なモーターと容量の大きい電池を搭載するBYD DOLPHIN ロングレンジ(407万円)の2つのグレードが入ってくる。今回試乗したのは後者で、最高出力は204ps、航続距離は476km(WLTCモードでの計測値)。
参考までに、ほぼ同スペックの日産リーフと比べてみたい。最高出力218ps、航続距離450km(WLTCモード)の日産リーフe+ Xは525万3600円。ざっくり、BYD DOLPHIN ロングレンジのほうが100万円以上安い計算になる。
本連載でBYD Auto Japanの東福寺厚樹社長にインタビューした際には、「価格だけで競争するつもりはない」と語っていたけれど、BYD DOLPHINの価格競争力はかなり高い。
外観のデザインはうまくまとまっている。個人的に、小型実用車はMINIやフィアット500のように、小動物的な愛らしさがあるとうれしいけれど、BYD DOLPHINにもそうしたペット的なキャラがある。
いっぽう、インテリアはややクセが強めだ。イルカ(ドルフィン)の胸ビレをモチーフにしたというドアハンドルや、波の形のエアコン吹き出し口などは、好き嫌いがはっきりとわかれるはずだ。
ただし、ワンタッチで縦と横が切り替わる液晶パネルの使いやすさや、オーディオの音質のよさなど、国産実用車を凌駕していると感じる部分があることも事実。
また、重くて大きいエンジンを積むことを想定せず、最初からBEV専用に設計されているだけに室内は広く、後席は大人2人が余裕を持って座ることができる。
普段使いには充分な走行性能
では、運転してみるとどうなのか。
システムを起動して走り出して、まず気づくのはウィンカーレバーが右側に移植されていることだ。また、全高は日本の立体駐車場事情に合わせて、1550mmに収めているという。日本市場への気配りが行き届いている。
走行性能について結論から書けば、実用車として必要にして充分。そもそもモーターだけで駆動するBEV(バッテリーに蓄えた電気で走る純粋な電気自動車)の場合は、エンジン車に比べて競合との差を感じにくいけれど、BYD DOLPHINが滑らかに、力強く加速するのは確かだ。
BEVだけに室内は静かで、段差を乗り越えた時にガタピシと建付けの悪そうな音がすることもない。
ワインディングロードで軽くヤル気を出すぐらいなら、ドライバーの意図に素直に応えてくれる。正直、普通に使うぶんだったらこれで充分ではないかと思わされる。日産リーフより100万円も安いならこっちのほうがいいかも、と考える人がいても不思議ではない。だって、100万円稼ぐのって大変ですよ。
たとえとして適切かどうかはわからないけれど、どんな美食家でも、2、3日に一食だったらコンビニのサンドイッチとコーヒーで納得するはずだ。BYD DOLPHINは、コンビニのサンドイッチ+コーヒーのレベルは軽くクリアしている。
中国のクルマはグローバルの基準
重箱の隅をつつけば、高速道路での落ち着きが足りないことや、走行車線を維持するためにハンドル操作をアシストする機能がやや唐突に作動することが気になる。けれども、「気になる」という程度で、「不満」ではない。少なくともクルマの基本性能だとされる「走る」「曲がる」「止まる」に関する部分は、満足できる出来だ。
性能について補足しておくと、日本導入第一弾のBYD ATTO3はヨーロッパの公的な衝突安全性能試験で最高ランクの五つ星を獲得している。筆者も含めて、中国のクルマはまだまだ日本車のレベルに達していない、と思いがちであるけれど、実はグローバルの基準に到達しているのだ。
総じて、「ここまで来ているのか」と焦りを感じる出来栄えだけれど、三度の飯よりクルマが好きな人の心に響くかといえば、それほど甘くはない。クルマの基本性能は「走る」「曲がる」「止まる」だと書いたけれど、マニアにとっては、「操る」「眺める」「語る」ことができてはじめて、愛でる対象になる。ブランド力やヒストリーも含めて、この領域にリーチするのは、なかなかハードルが高い。
もちろん、「操る」「眺める」「語る」の領域に達していない日本車だってたくさんあるわけで、BYD DOLPHINはそういった層に向けられたクルマではないと言われれば、そのとおりだ。
2023年の上半期(1月〜6月)を見ると、新車販売におけるBEVの比率は日本が約2%、中国が約20%、EUが約14%。
「いやいや、発電の8割近くを化石燃料に頼る日本では、BEVが増えてもCO2削減にはならないでしょう」というのは正論だ。けれども正論を振りかざしているうちに世界のBEV化の波に遅れをとると、スマホやPCや液晶テレビの二の舞いになりかねない。ここは二枚舌を使って、正論を吐きつつ、BEV化の波に備えるべきではないか。BYD DOLPHINの完成度を見ながら、そんなことを考えさせられた。
問い合わせ
BYDジャパン TEL:0120-807-551
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
■連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。