PERSON

2026.08.22

還暦を迎えた本木雅弘が感じる心の変化、残したいもの

2026年8月21日公開の映画『八月の声を運ぶ男』で、被爆者の体験談を集める記者を演じた本木雅弘氏。1981年のドラマデビューから45年、俳優として積み上げてきたキャリアを振り返りながら、役作りために向かった長崎で見たもの、そこで感じたことを語る。インタビュー第3回は、還暦を迎えたことで起こった心の変化を訊いた。 #1 #2

本木雅弘氏
本木雅弘/Masahiro Motoki
1965年埼玉県生まれ。1988年より俳優として本格始動。映画『シコふんじゃった。』『日本のいちばん長い日』『永い言い訳』などに出演。自ら企画・主演した映画『おくりびと』は第81回米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞。2026年には映画『黒牢城』に続き『八月の声を運ぶ男』で主演をつとめる。還暦を記念したフォトブック『awai 刹那と永遠のまにまに』が発売中。

初めて地球の引力と自分がちょうどよく合ってきた

『GOETHE』に本木氏が出演するのは、まさに15年ぶりのことである。当時、自ら発案し主演した映画『おくりびと』が米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞。また3年がかりの主演作、NHKドラマ『坂の上の雲』に出演し、同作は国際エミー賞連続ドラマ部門の最終候補にも選ばれていた。俳優として国際的に評価されるなかで、さらに第三子も誕生、自身の在り方を考えている時だった。 当時のインタビューで本木氏はこう語っている。

「私は今、家族や人生、仕事のすべてにおいて、新たなアンカー、錘を下ろした感じです。これからは腰を据えて自分らしい生き方を味わっていこう、と」(「GOETHE」 2011年2月号より)

それから15年。「自分らしい生き方」はできたのかと聞いてみると、本木氏は静かに微笑みながら答えた。

「そうとも言えない……かもしれません。家族が増えて、正直、自由は減りました(笑)。でも『人間はひとりで生きているわけではない』。他者がいて初めて、自分が存在しているということを日常のなかでも再認識したというか、そこを含めた『自分らしさ』を感じていった歳月だったと思います」

本木雅弘氏

2025年12月、本木氏は60歳を迎えた。50代半ば頃から漠然と感じていた変化が、還暦を境に、身体感覚としてはっきりしてきたという。

「物理的な肉体の衰えも含めて、初めて地球の引力と自分がちょうどよく合ってきた感じがするんです。若い頃はどこか引力に逆らってジャンプすることが、表現のバネになっていた。生きるうえでも抗う力って必要だと思っていました。

でも今は、もう少し落ち着いたところから物事を見てみようと思うようになってきたのかもしれません。歳を重ねて余裕が出てきた、というのとも少し違って『あえて静観するのも面白そうだな』って」

その変化は、演技にも表れている。かつては、役について自分なりの理解を深め、納得できる答えを持ったうえで観客へ届けなければならないと考えていた。完成した作品をどう解釈するかは見る人に委ねるとしても、演じる側にはその役がどんな人物であるか、何を考えていたか、確かな答えが必要だと思っていたのだ。

しかし今は、「答えはひとつではない」と感じている。

「わからないものは、わからないままでもいい。そもそも人って自分のことを分かりきって行動するわけではないですから、役だってそうかもしれない。完璧に想定した答えを持って演じるよりも、その時代、その瞬間を生きた人物の揺らぎを体現するほうが、正しいのではないかと思うようになりました。ひとつの答えに向かうのではなく、もっと大きな納得を導くためにも、揺れながら演じることが大事なのかな、と」

1970年代、1000人以上の被爆者の体験談を集めた記者を演じた映画『八月の声を運ぶ男』。被爆者の声を集めながら、時にそのことを蔑まれても、表情ひとつ変えない本木氏演じる主人公は、どこかミステリアスで、観る人によって印象は変わる。それは本木氏が作品や人物像の「答え」をひとつに定めなかったからかもしれない。

残り時間は「余力」なのか、「学び」なのか

本木雅弘氏

60歳を迎えたことで、この先の人生を考える時間も長くなってきたという。

「今は、人生100年時代と言われていますよね。でも本来、人間が持っている自然な時間軸で考えたら、僕の年齢くらいで人生が終わってもおかしくはないと思うんです。だからここから先の、いってしまえば『余力』の20年30年をどう捉えるかで、生き方や人生の味わい方が変わるんだろうなと思っているんですよ」

作品によって異なる顔を見せ、精力的に演じ続けていながらも、本木氏はどこかで「終わり」を意識するようになってきている。

「10代から心身を酷使してきた人生ですから、あと20年生きられると思っていても、実際はその半分かもしれない。そう考えた時に、個人としてどう生きるのか、家族に何をどう残すべきなのかを、現実的に考えなければいけないと、焦る瞬間が増えましたね。

一方でここから先は人生のおまけ、ご褒美だとも思っている。その意味で新たに与えられた時間を、ますますの好奇心を持って、最後まで学びだと捉え、挑んで、もがいていきたい。しかしながら矛盾するんですが、同時に仕事上は『いつどのように退いていくのか』ということも大事。スパッとなのか淡々と消え入るのか……」

還暦を迎えたからといって、迷いが消えたわけではない。むしろ終わりを現実のものとして意識するからこそ、迷いはより具体的に、深くなっていく。けれどここで再び本木氏は言う。

「ですからやはり、家族に、そして世の中に何を残すのかを真摯に考え、余生こそが、自分らしさの集大成だと思って人生を創っていきたい、そう思いますね」

引力を受け入れ、自然体で微笑む本木氏は今、足元を確かめながら、自分の人生をより深く味わっているのだ。

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=太田隆生

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