PERSON

2026.08.21

還暦・本木雅弘が31年ぶりに驚愕した、阿部サダヲの怪物ぶり

2026年8月21日公開の映画『八月の声を運ぶ男』で、被爆者の体験談を集める記者を演じた本木雅弘氏。1981年のドラマデビューから45年、俳優として積み上げてきたキャリアを振り返りながら、役作りために向かった長崎で見たもの、そこで感じたことを語る。インタビュー第2回は、演じることのプレッシャーと、共演の阿部サダヲ氏とのエピソードを訊いた。#1

本木雅弘氏
本木雅弘/Masahiro Motoki
1965年埼玉県生まれ。1988年より俳優として本格始動。映画『シコふんじゃった。』『日本のいちばん長い日』『永い言い訳』などに出演。自ら企画・主演した映画『おくりびと』は第81回米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞。2026年には映画『黒牢城』に続き『八月の声を運ぶ男』で主演をつとめる。還暦を記念したフォトブック『awai 刹那と永遠のまにまに』が発売中。

真実を知りたいという熱意、強靭な精神力……そんな人物に近づくことができるのか

「振り返ってみると、自分のリアクションは少し硬かったとか、大きすぎたとか、足りなかったかなとか、いろいろと後悔することも、いまだあるんです。さじ加減が難しかったですね」

映画『八月の声を運ぶ男』で本木氏が演じたのは、2000人を超える被爆者のもとを訪ね、半数は拒まれながらも、その証言を録音し続けるジャーナリスト。ゆえに本木氏は、本作の主人公でありながら静かに頷き人の話を聞く、いわゆる「受けの芝居」を徹底した。人の話を聞く時の、かすかな頷き、リアクションなど、相手に語らせるための姿勢づくりに、難しさを感じたのだという。

「今、僕のこの話を聞いてくれている記者さんも、距離感が近く、ほぼ頷いて『僕の拙い説明でも受け入れてくれてる?』と思うんだけど、考えてみればわざわざみなさんは、取材をするためにいらしているんだから、それはもちろん頷きますよね。こちらも話すつもりで来ていますし、互いに利害が一致している。

だけど本作の『聞く』作業は、ちょっと違いますよね。傷ついた方々から、他人には伝え難い話を引き出していくことですから。一気に相手に踏み込んではいけない、そしてただ寄り添うだけでは真実が見えてこない。その距離感を推し量りながら、さらにどこかでその状況を俯瞰して冷静に分析していかなければいけない。そんな意識も漂わせるのがとても難しかった」

本作のモデルとなった元長崎放送の記者で故・伊藤明彦氏について調べていくなかで、本木氏は伊藤氏の元同僚にも取材した。

「伊藤さんご自身は、ドキュメンタリーの映像などで観る限り、とても可愛らしいお顔をされた方なんですよ。強い言葉を発してもニコニコして見えるというか。一方で、生で接した同僚のみなさんからすると近づきがたい雰囲気もあったそうです。真実が知りたいという熱意と同時に強靭な精神力の圧を持っていたんでしょうね。そして、自身の志が正しいのかと葛藤して折れそうになるという人間らしさも見せていたそうです。そんな揺らぎも大事にしながら、起伏の少ない受けの芝居のなかで、伊藤さんらしさを込められるようにと悩みつつ演じていました」

31年ぶりに向き合った「怪物」

そんな静かな聞き手に、被爆体験を激しくぶつけるのが、阿部サダヲ氏演じる男だ。本木氏と阿部氏が共演するのは、市川準監督の映画『トキワ荘の青春』以来、実に31年ぶりのことだった。

「もう31年も経つのですか……。そうそう、僕の結婚式の次の日から『トキワ荘の青春』の撮影が始まったんですよ。よく覚えています。当時から阿部さんはもう、只者ではないという雰囲気でした。今回も弱者の立場をすんなりと演じながら、阿部さんらしさが発揮されていますよね。とにかく阿部さんのユニークさと達者さは、役者として怪物じゃないですか」

本木氏が特に驚いたのは、阿部氏の台詞の覚え方だった。

通常本木氏が台詞を覚える時は、まずは黙読し、続いて台詞を声に出して読み、歩きながら、あるいは家事などの日常の作業をしながら口にし、身体へ入れていく。実際に音にすることで、口の回りにくい箇所や抑揚を確認し、歌を練習するように言葉と音を何度も反復する。

ところが阿部氏は、本木氏が見たところそれらをいっさい行わないのだという。

「事実、本人に確認したら、黙読だけで覚えているということでした。それでいきなり現場のリハーサルでドン!っと、あの凄まじい芝居を成立させる。こちらも阿部さんがどんな声色でその台詞を言うのか、予想がつかないから、もうそれは翻弄されますよね。確かに阿部さんがスタジオで控えている時も、ブツブツ台詞を練習したり、いやっ台本を確認している様子すら見たことがありません。もしかして黙読した言葉をほぼ初めての音として発するから、鮮度があってあの破壊力が生まれるのかもしれません。あんなに少ない回数の撮影のなかで、役としてのリズムや声のチューニングを完成させるなんて……やっぱり怪物です」

そう語るとおり、作中では阿部氏演じる男の語りに、本木氏演じる記者が飲み込まれ翻弄されていく。ふたりの最も印象的なシーンを本木氏はこう説明した。

「原爆の劫火(ごうか)に焼かれたふたりの運命が、最も激しくぶつかる場面です。でも、ぶつかっているようでいて、実の思いは深く共鳴したところで絡み合っているんです。このシーンで自分は、物理的には舞台上に置かれたセットのように、動じずにいる。阿部さんがどんどんぶつかってくる、その叫びに打たれながら、倒れない木になったつもりで、ひたすら心だけで受け止める、そういう気持ちでいたと思います」

阿部氏がぶつけ、本木氏が受け止める。互いの仕事に心を震わせ、互いによって新たな表現を引き出される。ふたりのプロフェッショナルがたどり着いた、深い共鳴の瞬間だった。

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=太田隆生

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